月報「わっぱ」 2023年11月(No.504)
錫杖岳 ( 登攀記録ほか ) 著者 木下 喜代男
NT
本書は、著者の1965年から1968年までの錫杖岳前衛フェースの登攀記録をまとめ、1970年に発行されたものである。写真ページを除いて本文が14ページと書籍というより冊子に近く、非売品である。僅か14ページだが錫杖岳前衛フェース第1ルンゼ、第3ルンゼの冬季初登攀記録が収録されている。また前衛フェースやハクサンコザクラなど著者作のイラストが表紙やページを飾っている。登攀だけでなく作画にも秀でた能力を垣間見た。
著者が岩登りに興味を覚えた頃のH山岳会にはクライミングの指導者がおらず、岳友Tと2人でザイルの結び方から始めた。技術の習得には苦労したが、滝谷等で本番ルート完登の歓びが次のステップへ進めさせた。初めての錫杖岳前衛フェース登攀ではTが墜落し打撲を負ったが完登した。だが彼の母親に知られぬよう内緒で骨接ぎに通ったことなど青春の日々の登攀が綴られている。
1968年まで3年連続で冬季の前衛フェース第1ルンゼに挑む、この頃には会員も成長し充実していた。今冬こそ第1ルンゼに終止符を打つと会の威信をかけて冬季初登攀に挑んだ。第1ルンゼ難関のハングで墜落し宙吊りとなり一瞬自分を失うが我を取り戻すと振り子トラバースで脱出し、2晩のビバークを経て完登した。
本書が発行された頃の私は新人会員で、著者とは面識がなかった。何処でこの書を手に入れたのかも記憶にない。だがこの書に感化され前衛フェースを訪れるようになった。クリヤ谷が右に大きく曲がると急に現れる前衛フェースの岩壁を仰ぎ虜になった。穂高や剱で感じなかった圧倒的な威圧感があった。
岩登りに傾注させ、ヒマラヤへの夢を膨らませてくれた一冊である。
著者と初めて言葉を交わしたのは1976年岳連の富士山冬山雪上訓練である。氏の方から名乗って握手を求めて来た。先輩に先に言葉をかけられて恐縮し感動した。その夜は我が会の後輩を引き連れ、H山岳会のテントで大酒を飲んで親交を深めた。
後年、この書を著者に見せると「恥ずかしい、捨ててくれ」と言われたが、青春のバイブル捨てられるわけがない。大切な一冊である。
著者には他に『飛騨の山とある日』『飛騨の乗鞍岳』などの執筆が有り、先日も『消えゆく飛騨の峠道』という本を出版している。
私の書棚・山書紹介⑥
錫 杖 岳 ( 登 攀 記 録 ほ か ) 著者 木下 喜代男
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