大垣山岳協会

山書巡歴 ⑭ ニッポンの山里 池内紀

TOPICS・随想・コラム

月報「わっぱ」 2013年6月(No.379)

山書巡歴 ⑭ ニッポンの山里 池内 紀

 著者の池内さんはドイツ文学者であるが、エッセイストでもあって多数の好著を持つ。その中で最近、北海道、九州をのぞく国内の山村を歩いて本書を出された(山と渓谷社)のが本書である。

 取り上げた30の山里はいわゆる限界集落ばかりだ。地域的には著者の住まいに近い群馬、埼玉の地が多い。その中で岐阜からも一つ選ばれている。春日村(現揖斐川町)古屋である。伊吹山の東麓に30戸が軒を接して立つ集落である。一帯は伊吹もぐさの産地だ。本書には戦時中、伊吹山麓(現米原市)に製造工場が造られ、近隣から集荷したヨモギを年150万トンも扱っていたという。さらに、間接的にここでヨモギから黒色火薬の原料となる硝石(硝酸カリウム)を製造していたと受け取れる記述がある。

 ただ、これには若干疑問を持つ。池内さんは「ヨモギを何度も発酵させ純度の高い硝石を作り出す」とある。他方、江戸時代から白川村や五箇山で生産された硝石(焔硝)の製法は「白川村史」に詳しい。畑土にヨモギなどの草を重ね屎尿を散布して生成させていた。伊吹での製法はこれとずいぶん違い、本当に実在した製法なのか疑わしい。池内さんも取材に訪れたらしい伊吹山文化資料館(米原市)に聞いてみた。

 資料館職員は、この工場で硝石を製造した史料はないし、伊吹一帯でも製造の史実は見当たらない。ただ、工場は軍と関連していて、大量のもぐさは軍関係の部門へ出荷された。そこで硝石が製造されたかは不明であるという。一方、150万トンの数字は伊吹町史の記録を資料館の展示史料に引用したが、言われてみると巨大すぎて疑問があることは確かだ、と言っていた。

 ともかく、伊吹もぐさの山里にきな臭い一時期があったようである。

(高木 泰夫)

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