大垣山岳協会

西穂高岳西尾根冬山合宿(2236m峰で退却) 2014.12.31-2015.01.03

西穂高岳

【冬山合宿】 西穂高岳 ( 2909m Ⅲ△ ) 平木 勤

  • 日程:2014年12月31日(水) ~ 2015年1月3日(土)
  • 参加者:L.佐竹良、他3名
  • 行程:
    12月31日(水) 大垣4:00=新穂高駐車場8:40-穂高平小屋1030~50-第1テント場12:25
    1月1日(木) 第1テント場8:45-第2テント場(P1946m)13:00
    1月2日(金) 第2テント場8:05-最高到達点(2236m)11:25~40-第2テント場12:20~13:35-穂高平小屋14:25
    1月3日(土) 穂高平小屋8:25─新穂高駐車場12:25=大垣17:00
  • 地理院地図 2.5万図:上高地・焼岳・笠ヶ岳・穂高岳

 昨年、敗退に終わった西穂高西尾根に再び挑戦。年末年始は大荒れの予報で不安を抱えながらの出発となった。新穂高の駐車場には20cm程の積雪。登山者用の駐車場には意外に車両が少ない。輪かんを付けて小雪の舞う中を出発。

 穂高平も積雪が多い。小屋で休憩していたパーティーは西穂高西尾根の1900m地点で撤退してきたらしい。その他男女2組も蒲田富士手前で退却してきたという。厳しい状況のようだ。

 小屋から近い尾根の急斜面に取り付いた。ここから膝上から腰高、時には胸あたりまでのラッセル。荷物を背負った状態では苦しい。リーダーの判断で途中から全員荷物をデポし、空身ラッセル。すでに予定していた標高1900mまで上がるのは難しい。西村さんと僕と後藤君の3人で空身になり、交替しながらラッセル。だが、なかなか思うように進まない。天候が安定してきたのがせめてもの救いだ。

 標高1500mにいいテント場があった。少し早いがここで泊まることにした。一日で稼いだ標高はわずか420m程だ。後藤君と二人で翌日のルート工作。一時間で1650mまでトレースをつくった。戻ってテント内でコンロを焚いてもらって暖をとった。

 大晦日の夜を食担の西村さんが用意してくれた牛丼で過ごす。もちろんアルコールも入り話に花が咲いた。

 元日の朝、夜中に降り続けた雪は20cm程積もり、昨日つけたトレースを半ば埋めていた。それでも一からのラッセルよりは楽だ。1650mより上は再びきついラッセル。トップは荷物をデポして空荷でラッセル。交替して荷物を取りに戻るのだが、追いつくのがきつい。ラッセルはきついが樹林の中に滑らかに積もった無垢の雪が美しく、慰めになる。ウサギの足跡が我々を導くように続いていた。

 斜度が緩くなりやがてP1946mに辿り着いた。ここを第2テント場とした。今日も後藤君とルート工作に出て一時間で110m程稼いだ。午後から急に冷気深まり、小康状態だった雪が再び舞い出した。夜は差し入れの黒豆や数の子、かまぼこなどが出て正月らしく過ごせ楽しい年初となった。

 2日の朝、夜に降り続けた雪が昨日の努力の末のトレースをほとんど埋めていた。この先のラッセルの難渋が予想できる。すでに西穂への登頂は諦めざるを得ない。そこでタイムリミットを13時として必要な荷物だけ持って行けるところまで行くことになった。出発時、青空がのぞき樹間から西穂高岳をのぞむ事ができた(写真①)。山頂をあきらめた途端の好天とは皮肉なものだ。

写真①

 シラビソやコメツガなどの針葉樹林が覆う斜面を急登すると尾根が細くなる。このあたりから倒木や低木に雪が被りその下に空間ができて注意しないと踏み抜いて雪の底に埋まる。さらに痩せ尾根では吹き上げられた雪が堆積してラッセルが深くなる。時には雪壁を切り崩して進む。

深雪の尾根歩き=2日10時30分

 しかしこういうところに得てしてすばらしい眺めが広がるものだ。西穂高岳を初めとして焼岳や双六岳など美しい北アの景観を楽しむ事ができた。

 2236mの小ピークに出た先で小休止。地図を確認するとP2343mまではまだかなりの距離がある。今のペースだと13時までにそこまで行けるかどうかわからない。そこでここで引き返してテントを撤収して穂高平まで下ることになった。天候も下り坂で北アの峰々はすでにガスの中に消えていた。

 苦しいラッセルの続いた尾根だったが下りはそのトレースのおかげで楽々降下。登りに3時間半弱に対し、下りは40分だった。テントを撤収し終えた時、我々と違うルートで十人の大パーティーが登ってきた。大部隊だからラッセルもそんなにきつくなかったろう。さらにこの先には我々のトレースがある。彼らは西穂高岳まで届きそうに思えた。

 下り始めると昨日つくったトレースを単独者が登ってきた。これはありがたい。案の定、穂高平に1時間もかからずに降り立てた。小屋の中で久々に平なところで寝られる。しかし不思議なものでその方が落ち着かない。小屋には我々の他に青年が一人。迷惑にならないように抑えめの晩餐を終えてシュラフに潜り込んだ。

 3日朝、しっかりと踏まれていた登山道のトレースは一晩で半ば消えていた。結局最後も輪かんを履いた。駐車場に着くと車の上に30cm程の雪が積もっていた。苦闘を終えた我々を嘲笑うかのように頭上に青空が広がり始めた。

<ルート図>

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