大垣山岳協会

鈴鹿・霊仙山(1084m) 2020.01.18

霊仙山

鈴鹿・霊仙山(1084m) 丹生統司

  • 日程 :2020年1月18日(土)晴れ
  • 参加者:L 丹生統、藤野一、佐藤大、大谷早、小栗敦、吉田千
  • 行程:上丹生・駐車地8:34-屏風岩9:10-丸岩谷取付き9:34-西北尾根450m11:15-霊仙北峰山頂12:23-榑ヶ畑登山口15:30

 アイゼンワークトレーニングを目的に霊仙丸岩谷を40数年ぶりに訪れた。丸岩谷は御在所岳籐内沢もどきのアイゼンワークトレに適した谷で2度ほど登った記憶がある。水はなく空谷で藤内沢3ルンゼのように氷は張らない。結果を先に述べるとザイルも持たず軽い気持ちで行ったが追い返されて反省の多い計画倒れの山行となった。丸岩谷が緑の線で赤線は今回登ったルートである。

<ルート図>

 上丹生集落から30分ほど丹生川を遡ると霊仙屏風岩が右岸に屹立してひと際目を引く。嘗て丹生川上流の漆ヶ滝を経て霊仙山に至るルートは人気コースで登山者も多かったが漆ヶ滝付近が崩壊して登山禁止となっている。昔は漆ヶ滝から谷沿いの道を登り柏原コースと岐阜県上石津町時山からの尾根に合流して山頂に立ち下山は汗ふき峠へ周回し養鱒場に降りるのが霊仙山登山のお決まりコースであった。

 霊仙屏風岩は関ケ原から近く若い時代の陽の長い季節は会社の山岳部の連中と定時で仕事を終えて駆けつけ先ずは対岸の丸岩でテスト岩もどきで身体を馴らしてから屏風岩を一本登った。立木を支点に懸垂下降をして一汗流して車に着く頃に暗くなる、若い独身時代の充実した夏を思い出す。狭い岩だがルートは3本ほどあったと記憶している。丹生川沿いの林道を終点まで車で侵入したが狭く感じなかったのは当時の日本車は小さかったのだろう。九州の高崎山を真似てか林道終点付近で猿に餌付けのサツマイモを撒いて世話している方もいたが長続きしなかったようだ。

 丹生川沿いの集落と道、狭い道で地元の方に迷惑をかけないために車は下流の駐車地に止めて歩いた。

 40数年ぶりに再会した屏風岩、対岸の丸岩に当時打ったハーケンが残っていないか見に行って埋め込みボルトを数本見つけた。ボルトは当時代のものだが腐食具合の判断からその後に打たれたのだろう。

 これから向かう丸岩谷、出合でアイゼンを着けた。岩を爪でキュウキュウ、ギシギシ言わせて登り始めたが直ぐにスラブ状のナメ滝が現われギブアップ。アイゼンはスラブに弱い、だから練習にいいのだがアイゼンの岩場登行が初めての者にはきつすぎる。今回は楽な谷との記憶でザイルや登攀具類は持ってこなかった。若い頃の思い込みで馬齢を重ねていることを忘れていた大失態である。左岸の岩場交じりの斜面を巻くつもりで取り付くが登るにつれて傾斜が増して谷へ復帰することなど不可能となった。岩場の弱点を求めて右に左に高見を求めてルートファイディングを強いられ写真など撮っていられない。

 取付きの川原を足下に感じて12本爪の前爪を泥壁に蹴り込んでひたすら登る、土を雪と思えば岩と雪のミックス壁を登っているのと同じ。取付きから約200mの高度を稼ぐのに1時間45分を要し上丹生集落神社から7合目・お猿岩に延びる尾根上に出た。緊張から解放され両手が自由になると思わず笑顔が。

 尾根はカルスト地形の岩が苔むして露出しており自然庭園の只中を突き切って歩く自由がたまらない。

 樹林を抜け振り返ると米原市街と琵琶湖の眺望に足が止まる。だが風は湖面の冷気を含んで冷たかった。

 標高930m辺りで登山道に合流したが山頂へ最短で行くべく道から外れ山頂西尾根の斜面に取付いた。斜面の獣道には雪が薄く2㎝ほど溶けずに残っており山頂まで案内してくれた。

 我々以外誰もいない山頂は冬の冷たい風が吹き荒れて長居が出来る状況ではなく写真撮影をすますと早々に退散した。霊仙山が初めての一郎さんには感慨に浸る間も与えず山頂を離れて申し訳なかった。

 山頂北側の斜面を駆け下り谷に降りるとカルスト地形の岩場を風除けにした日溜りで遅い昼食休憩をとった。チアキ嬢に頂いたお汁粉は冷えた身体には最高のご馳走で腰を落ち着けて休めた。

 汗ふき峠・榑ヶ畑への下山路は朝の霜柱が解けてドロンコ状態で歩けたものではなく5合目までは道を避けて道脇や斜面を適当に下った。それでも靴底にびっしり泥を付けて家まで持ち帰った。

 今回の山行に参加された方にはザイルや登攀具類を持参しなかったことで丸岩谷は入り口でギブアップ、エスケープの急登では緊張を強いらせ危険に晒すことになった。お詫び申し上げる。ザイルを持参しておれば丸岩谷をそのまま遡行できたしエスケープの急登斜面も安全が確保されて直登できた。日頃道具の手抜きを厳しく戒め指摘していながら自身が手抜きをしてしまった。本当に申し訳なく猛省している。

 若い頃に何でもなかったことが「今はそうではない」と自覚しているつもりだが時々ポカをしでかし「山の神様」にお叱りを受けお灸を据えられる。70歳になっても山から教わることは多くだから山登りから足を洗えない。メンバーには時機を見て再度丸岩谷へ行くことを約束する。アイゼンは置いてザイルと登攀具、ヘルメットを持っていこう。完

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