大垣山岳協会

山中雑記 御前様の不思議

TOPICS・随想・コラム

御前様の不思議 鈴木 正昭

 今年2月19日、私はまだ雪深い岐阜県板取南部の尾根を歩いていて、小さな石造りのお社を見つけた(写真①)。すぐ隣には壊れかけた木造の祠二つが並んでいた。石の社には「将の御前奧乃院」、裏には「平成二十年十月建立 氏子総代」と彫られていた。

(写真①)

 標高約540mの尾根の上。周りはきつい斜面に囲まれた地だ。誰がどんな経緯でお祀りしているのか。強い関心を抱きつつ、雪で埋まった急斜面を苦労して下山した。

 翌日、図書館で板取村史を開くと、「通称保木山(字名)の尾根に『御前様』と呼ばれる小祠がある」とあった。ただ、妙なのは石の祠の「将乃御前」が村史では「正之御前」とされている。そこで、小祠から最も近い老洞地区の元神社総代の三島利政さんに電話で伺った。

 御前様は古くから老洞地区が敬いお祀りしてきた。毎年8月の祭礼日には区民こぞって登山し、豊作祈願、雨乞いをした。戦前では盆踊りまで奉納した。だが小祠の老朽化や区民老齢化のため、お社を山上から里に下ろした。山には末永く残る石の祠を新造した。それが、私の見たものだ。新造の際に石工業者への発注過程で手違いがあり、文字の誤記が起こった。山上の祠には御前様と思われる木像が入っていた。今は老洞の神明神社境内に新築された木造小祠の中に収納される。御前様は誰なのか。説明する古文書などの史料はない。村史は南北朝の争いの中、越前で討ち死にした後醍醐天皇の皇子、尊良親王と推測する。家臣が落ち逃れて祀ったとする。だが、これも推測に過ぎない。

 4月19日に老洞で御前様の祭礼があることを知り参加した。その際、山上の御前様に上がる古道を登る予定だったが、本降りの雨となり後の機会に残した。

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