大垣山岳協会

山中雑記 地名山名を付けたのは

TOPICS・随想・コラム

月報「わっぱ」 2012年7月(No.368)

地名山名を付けたのは 渡辺 一光

 当会の創設メンバーである高木碕男、国枝武喜両氏の追悼登山が5月末に催されたが、私は所用で行けなかった。お許し願いたい。

 ところで、追悼登山のあった伊吹山北尾根上の多くの地名はわが大垣山岳協会が付けたことをご存知だろうか。

 南から北へ、静馬ケ原、燕平、御座峰、大禿山、銀助平。これらの多くは今、市販のガイド本にも、山中の道標にも採用されているが、1963年に当会がこの尾根に登山道・大垣新道を開設した際に付けたものだ。それ以前、名前はなかった。

 命名理由がなかなか面白い。国見岳(これは昔からあった)山頂一帯の平坦地に付けた銀助平(ぎんすけだいら)。当時、当会の理事長で新道開設の発案者であった高木碕男さんは大垣で銀生堂という洋服店を経営していて、「銀ちゃん」と呼ばれていた。そこで、「銀ちゃん平」にする案が出たが、異論も出て助の字を採用した。決して「ぎん**べえ」の読みではない。

 ドライブウエーすぐ北の草原の静馬ケ原には、登山道開設でお世話になった大垣市保健体育課長の片岡静馬さんに二字をいただいた。ツバメの巣が多かった燕平、どっしり座ったような御座峰は、国枝さんが発案した名だと記憶している。

 紅葉の秋に北尾根を歩いて、登山道開設に尽くした両氏への追悼の思いを改めて念じたいと考えている。

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