大垣山岳協会

山考雑記 浮き浮き やがて寂しく 丸山ダム湖畔道巡り 2020.06.21

丸山ダム湖畔道

山考雑記 浮き浮き やがて寂しく 丸山ダム湖畔道巡り 鈴木正昭

木曽川・丸山ダム湖畔道に瑞浪市日吉町から入った。途中で見たかつての名勝地深沢峡の遺物、廃屋が心に響いた。人間の自然への負荷圧力は世代を超えて繰り返される。近く再び新しい改変が迫ろうとしている。

  • 日程:2020年6月21日(日)
  • 参加者:鈴木正昭(単独)
  • 行程:自宅6:00⇒国道19号⇒尾張パークウェイ⇒国道41号⇒国道21号⇒県道65号(旧中山道)⇒細久手⇒県道352(大西瑞浪線)号⇒7:30瑞浪市衛生センター駐車場(駐車 瑞浪市日吉町)
    駐車地7:40→8:05木曽川・深沢峡五月橋→8:20国道418号(旧道)→8:55名場居川橋→10:10大沢林道ゲート→11:00大沢川入渓→11:20・3m2段滝(大洞滝の上流)→12:00林道復帰→12:30平瀬滝入り口→12:50平瀬滝→滝入り口→13:35大福橋(恵那市飯地町)14:20→15:20大沢林道ゲート→国道418号→16:20五月橋→17:00駐車地
  • 地理院地図 2.5万図:御嵩・武並

 岐阜県八百津町の木曽川に架かる丸山ダム。その右岸沿いに延びる国道418号はダムから上流の笠置ダムまで約15kmが通行規制で歩くしか入れない(同国道は既に内陸側に新しいバイパスが通じていて、この道はやがて廃道となる)。私はダム近くから約8㎞上流の五月橋まで昨年3月末に歩いている。今回はその先を歩き支流の大沢川の沢を少し登り、また恵那市飯地の山間集落を眺めたくて、木曽川の南側の瑞浪市日吉町から入る予定をたてた。

 通ってきた県道352号(大西瑞浪線)は衛生センター横のゲートで通行止め。脇を通り抜けると道路工事中。路面上にうずたかく積まれた小岩の山の上を歩き、その先は草の生い茂る狭い歩道であった。さらにその先には「深沢峡記念」の石碑、祠や、コンクリート製便所が現れた。そのすぐ先には壊れ果てた茶屋の残がいがあった(写真①)。

① 壊れ果てた茶屋の残がい

 後日ウエブ情報を調べると、この荒れた山道はいまでも県道352号である。1954年の丸山ダム完成と共に出来た鉄製の堅固な五月橋と同県道の整備で渓谷美に誘われる行楽客で賑わった。その昔から名勝地深沢峡として知られ、1932(昭和7)年、毎日新聞の日本十二秘勝に選定され一層名高くなった。丸山ダム完成でさらに繁盛した。前記の廃屋は「いさまつ」と言う茶屋兼民宿だった(注①)。いさまつの前を通って岩や倒木をまたいで、なだらかな山腹を下り深沢橋南詰めに着いた(写真②)。今の橋は歩行者オンリーの構造だが、出来た当時は全面板張りで車も通れた。私はこの橋が出来てからは県道352号を経て車で橋まで入れたのかと思っていた。しかし、県道の現状を勘案すると、とても車両通行可能とは思えない。通行を示す資料もない。車が入れたのは八百津側からのみだったと推定するが、軽自動車は瑞浪側と往来できたという話も聞き、確実な情報を得ていない。

② 深沢橋南詰め

 橋を渡り国道418号に合流。県道は小道、国道は小石や木枝が散在する1車線の砂利道。車も人も不在の国道を上流に向って進む。右手に青空と薄緑のダム湖面が広がり、時折対岸に広い砂州が見える。クマやシカさんがいないかと見つめるがどこも無人いや無獣。動物たちの楽園ではないのか。約2㎞先で北側の林道跡に入る。地図ではその先に川平や南という集落がある。遠隔孤立の位置にある集落を見たかった。200mほど進むと猛烈なタケ密生やぶに阻まれ、国道に逃れた。コース計画を変更し川沿いの国道を急ぐ。

 木曽川右岸の支流、大沢川の分岐点から上流に向けて大沢林道が延びている。ゲートを抜けた先で休憩し、沢靴をはく。この先にある大洞滝と平瀬滝を見てみたい。

 1.5㎞ほど先で林道から超急な樹林斜面を下る。道標類は一切ない。木枝を伝いながら、沢の芯に着く。ごうごうと激流のうなり声。先日の大雨で増水している。200mほど進むと3mほどの2段滝が現れる(写真③)。左岸側を巻こうと、滝の落ち口を渡ろうとした。泡立つ激流で岩盤は隠れて見えない。3歩ほど進み、気を緩めた途端、窪みにはまった。肩まで水没。風呂釜のような形で流される心配はなく、直ぐに左岸に着いた。意外に水は冷たくなく衣服はずぶ濡れだがザック内は無事。

③ 3mほどの2段滝

 さらに沢芯を200mほど進み、右岸側の小尾根から林道に戻った。地図を見ると大洞滝はもう少し下流部にあるようだったが、次の平瀬滝に向う。さらに2㎞弱林道を進むと、ネット情報にもある木の小橋が本流に架かっていた。橋を渡ると、手すりロープ付きの滝見遊歩道が延びている。地元の団体が整備してきたようだ。でも狭く険しく、危ない道だった。200mほど下ると平瀬滝の左岸落ち口に出た。滝は2段20余m(写真④)。ここで昼飯中に脚の裏に数匹の極小ヒルが訪れた。あわてて退散した。

④ 平瀬滝

 林道に戻りすぐ北の飯地町大福橋まで行く。民家が散在し、立派な県道412号が通り、時折若者たちのバイクがごう音を散らして通る。橋のたもとで、近くに住むHSさんと出会い滝や集落について色々教えいただいた。平瀬滝や大洞滝には小学生の時、友達と滝登りをした。身軽で滝本体脇をするすると登ったそうだ。大洞滝はもとは落差30mほど、幅7mもある堂々たる規模だったが、83年豪雨で大規模崩落が起こり埋まり、おだやかな小さな姿になったそうだ。

 飯地の集落巡りは許されない時間となった。残念ではあるが、往路を忠実に戻り帰還した。2時間40分。誰にも1匹にも出合わなかった。

 人間の構築物は50年、100年経てばみな「いさまつ」の廃屋のようになる。古い家屋や橋、道路は自然のままに埋もれ消えて行く。そして、また新たな人工物が現れる。丸山ダムを水害抑制能力と発電出力をパワーアップする新丸山ダム建設事業がいま進んでいる。本体工事はまだ始まっていないが完成すると、湖面水位は20mほど上がる。ダム沿いの国道418号は多くの区間で水没により廃道となる。一方で、五月橋は架け替え新橋が計画され、私が歩いた県道432号も新しく付け替えられ、車道となる計画だ。実現すると、再び深沢峡は名勝地としてよみがえるかもしれない。

 でも一時的に名勝観光がよみがえっても地理的環境の厳しい位置を考えるとやがて荒廃消滅する心配もある。5.60年先に私と同じような静寂を求める徘徊登山者に注目されそう。一方、かつて多少賑わった大沢川の2つの滝は手つかずのままの姿が続きそうな気配である。

<ルート図>

注①
深沢峡茶屋いさまつ
急峻な斜面に建てられた3階だて和風建築。県道(登山道)から見えるのは最上部の3階だけだが、1,2階は下の斜面に架かっている。建物の西側から急降下する歩道があり湖面河原に船着き場が残っている。3階からは湖面や五月橋が一望できる。経営主の女将さんが1987年に亡くなり、以後廃業となった。

秘境愛好家のweb情報から

 発信6/26

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