大垣山岳協会

山考雑記 御殿山・平木山 2023.06.14

平木山

【 週日山行 】 御殿山ごてんざん ( 559m △なし )・平木山 ( 327m Ⅱ△ ) SM

 お姫様が白雲に乗って加賀の白山から飛来し、里人の幸せを祈った、と伝わる御殿山に3度目の登頂。登るたびに新しい発見や感慨が得られる。説話が史実かどうか、ではなく地域村民、つまり村人が山を尊び敬い愛する気持ちが込められていると思う。単なる信心を超えた山思いだと。

  • 日程:2023年6月14日(水)
  • 参加者:L.SM、大垣山岳協会員5人同行
  • 行程:自宅7:10⇒尾張パークウェイ⇒国道41号⇒県道348号⇒県道80号⇒中廿屋公民館(SM合流)=白山神社鳥居・登山口(岐阜県美濃加茂市三和町廿屋)8:50~9:10-9:40主稜線出合-10:20平木山山頂-御殿山(ごてんざん)山頂11:20-点名宮洞へ出発11:30-途中で引き返し11:55-御殿山から下山開始1:05-1:15涼み壇-1:30登山口
  • 地理院地図 2.5万図:上麻生

 雨季の真っ最中でのリーダー山行。前日になってようやく、実行できそうな天気予報となった。全員雨合羽上下を付けて、白山神社の鳥居をくぐって朽ちた階段を登り始めた。小雨の降る中、すぐ先左側に「一千座護摩供養塔」の石塔。隣に「文久三年五月 立山相真坊」(1862年)とある。修験者の千座登拝記念なのだろう。その直ぐ先で、平木山に向かう道に入る。マツの大木の下に広葉樹の低木がぎっしり立ち上がる。見通しはきかず、飛び出す木枝がうるさいが、道筋は明瞭だ。

 標高約150m上がり、主稜上の峠に出た。石のお地蔵様が立つ。「享和元年十二月 加淵間見」とある。1801年のことだ。この峠から七宗町側の間見峠につながる歩道があったのか。薄い踏み跡が北側に下っているようだ。主稜線上の道は明確であり、予報通り雨も止み、雨具を脱いで時折吹く冷ややかな風。希望通りの天候はまさに神の恵と言える。樹林の繁茂で眺望は効かない。白い小さなツボ型の花が枝葉の下にぶら下がる。ネジキ(ツツジ科)の満開期に巡り合えた。

 小さなコブを二つ超えてヒノキの大木が並ぶ平木山山頂に達した。薄暗い山頂からは眺望はゼロ。小さな山名板が立木に結んであった。間もなく、往路の尾根筋を引き返す。北側の七宗町側の斜面は全面的なヒノキの人工林。間伐などの手入れ不足らしく、下層植生の薄い暗やみ林である。途中で右足ふくらはぎに痒みを感じる。ソックスをめくると、黒い血だまりが一つ。ヤマビルのお出まし。実は少し前にも右手首をかまれていた。ずっと先頭を歩いていたせいかな。でも、普通はかまれるのは先頭ではなく、2番目以降の人だという。他のメンバーに被害なし。なぜ私だけがヒル君に好かれたのかな。

写真① 平木山山頂で

 往路の尾根出合付近でやや手間取った時もあったが、予定通り主尾根を西行して小さな白山神社の祠(写真②)が立つ御殿山に着いた。ここから先、宮洞までは岩稜混じりの急斜面が多いので大事をとり、二人のメンバーにここで待機してもらい、4人で岩稜を越えて554mピークに達した。だが、幅の広い尾根分岐で方角を誤り、南西の枝尾根を下りてしまった。僅かな赤布と地籍調査の杭を伝ったのだが、間もなくミスを確認し引き返した。時間的な余裕はまだあったが、二人の待機組のことも考えて御殿山に戻った。

写真② 白山神社の祠
写真③ 御殿山山頂

 伝説によると、遠い昔に加賀の白山から美しいお姫様が白雲に乗り、2匹の大蛇をお供にして飛来、山頂部にきれいな館を造り、里人の幸せを祈り尽くした、という。これが白山神社を示すのだが、神社の規模や経過について史実は残っていないようだ。

 この山の一帯にはこの伝説に関した、うつぬけの岩、猿の岩、口蛇淵、奥蛇渕など幾つかの地名が残されている。ただし、登山道周辺にはないので視認は難しい。一方、かつてこの山域には白山修験者や里人の信仰者が足繁く入山していたことは確かだ。折を見て、その実態を地元の人たちにお聞きして訪れたいと思う。

 御殿山山頂下の古い休憩舎に座り、みんなで昼食をとった後、急な登山道を下る。標高約100m下った狭い平坦地が「涼み壇」とされる。説話によるお姫様が暑い夏の夜に、山頂から降りてきて涼んだ地だと伝わる。狭い棚のような空地から前方視界が開け、南西に405mPの山頂が見えその右下に上廿屋集落の最上部が見えた(写真④)。ここでお姫様が夕涼みしたのだ。しばらく立ち絶景を眺めた。われら等しく、神々しくも心晴れる気持ちとなり、急坂を下り、登山口の白山神社鳥居をくぐった。

写真④ 405mPの山頂が見え、その右下に上廿屋集落の最上部

<注 うつぬけの岩コース>
554m峰から誤って降りた南西尾根には古い赤テープと赤色の地籍境界杭がわずかだが、あり、それにつられた。ただ、このプラ境界杭はやや小さめのものだった。点名宮洞に向かう尾根筋にあるプラ杭(1角6㎝)のはずだが、南西尾根のそれは角3㎝あるいは4㎝の小型サイズだったようだ。同じ赤色の境界杭でも境界のレベルの大小により、大きさが違うようだ。この杭の大小を見逃すと道はずしに繋がる。

 一方、554m峰の手前5,60mで沢筋を南側に下る行者道があることを後日知った。深い谷間に岸壁や洞穴が続く。「ひさし岩」「うつぬけの岩」「行者の雲見坂」など説話上の地が途中にある。今でも薄い道跡が残り、数少ないが歩く人がいて登山記録も見つけた。南側の登山口は鳥居登山口より400mほど林道を西に進んだ地点に古い案内看板があるそうだ。近いうちに是非登ってみたい。完

<ルート図>

発信:6/20

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