大垣山岳協会

山考雑記 点名・杉原山、点名・那比(なび) 2018.12.08

点名・杉原山

山考雑記
点名・杉原山(622.6m Ⅲ△)、点名・那比なび(761.7m Ⅲ△) 鈴木正昭

かつて賑やかだった低山里山から人影が絶えた。危ういことではないか。再び人が入る、入れる山になる時が来て欲しい。二つの三角点登山で思う。

  • 日程:2018年12月8日(土)
  • 参加者:鈴木正、後藤正
  • 行程:鈴木自宅6:10⇒東海北陸道・美並IC出口7:10(後藤正雄さん合流)=国道156号=岐阜県郡上市美並町山田の熊野神社駐車場7:50→獣害防止柵通過7:55→作業道跡出合8:30→8:55観音石碑→9:05点名杉原山9:25→10:10熊野神社10:30=県道315号=星宮神社=宮奧林道=八王子峠=派生林道ゲート前で駐車11:00→尾根取付き11:20→境界尾根12:00出合→12:55点名那比1:20→1:30主尾根下降点→1:55林道出合→2:20ゲート前駐車地=美並IC出口
  • 地理院地図 2.5万図:郡上八幡

 聞いたこともなかった表記の二つの三角点を求めて枯葉埋もれる尾根筋を歩いた。所属する大垣山岳協会の三角点踏査事業で自分の担当となった「那比」と後藤会員担当の「杉原山」の2点である。最初に目指したのは杉原山。長良川右岸の杉原集落にある熊野神社駐車場が登り口。獣害防止柵のすぐ向こうに巨大なスギがそびえ立つ。国指定天然記念物「神の御杖杉」とあった。説話によると樹齢約1100年となる。

 出発してすぐの民家裏にある獣害防止柵の開閉扉を開けて山側に入る。間もなく苔むした倒木累々の斜面をがむしゃらに登ると、ヒノキの人工林内に古い歩道と思われる踏み跡が現れる。一部、40度ほどの急登。踏み跡が消えている区間もあったが、順調に山頂下の平坦部に出た。ここで、長細い丸石を見つけた。正面に文字の刻印がある。正誤に自信はないが、「南無十一面観音大菩薩」と読めた。右横面には「大正八年四月」とあった。その下に設置者の名が刻まれていただろうが、読み取れない。厚い枯葉が堆積した地表に観音石碑はポツンと一つだけ。他になにもない。

 観音石から少しの登りで、丘の上の三角点に達した。人工林のなか、眺望はなし。広がる雲と青空少し。

 下山では往路を戻り下部で熊野神社への歩道跡に入ることができた。後日、杉原の山田Gさん(80)に電話で聞いた。20年ほど前までは、熊野神社からも民家裏からもしっかりした歩道があり、集落の人々が森林作業などに足繁く登っていた。観音石は猟師をしていた親類筋の人が動物供養のために、建てたもので、祠などはなかったという。20年程前の大雪で大規模な倒木被害が起こって以来、山に入る人は皆無となったという。また、山田Iさん(70)は林業をしていた父親について小学生のころからよく登った。伐採や炭焼きの手伝いをしたのだ。この山は地元でも「杉原山」と呼んでいるそうだ。

 猟師が獣類を追い、その霊魂安寧を祈って観音石を山上に置いた。他にも、村人が頻繁に山入りした。今はどうか。林業不振のせいもあり、山に地域の人の姿は見られない。一方で麓に張り巡らされた頑丈な獣除け金網柵が山を取り囲み、人までも寄せ付けないようないかめしさ。山と人との希薄な関係にやり切れなさを感じる。

<点名・杉原山 ルート図>

 点名那比は2004年に郡上市に合併した旧八幡町と美並村の境界尾根上にある。杉原山からは直線距離で3km西方。星宮神社から西に向う奥宮林道に入り、八王子峠で北に向う。新宮神社の少し手前で派生する林道ゲート前(標高約480m)に駐車して林道を歩き出す。林道を20分ほど歩いた位置で枝尾根に取り次き、胸を突く急斜面をよじ登り旧町村境界尾根に出た。一帯の山域はヒノキの5・60年生の人工林が大半だが、尾根筋にはモミやツガの大木が現れた。

 お陰で明るい日差しが落ちてくる。足取り軽く木々を愛でながら、左右に小さくカーブする尾根筋を北上し丸い丘上に立つ三角点に達した。眺望は全くない。

 ダイナミックな急登と思わぬ巨樹の尾根筋。楽しくうれしいひとときだった。思えば、拡大造林の時代に、わずかだが尾根筋に原生のモミツガを残してくれた山林関係者に感謝したいものだ。下山では往路の時よりずっと手前で境界尾根から降下した。想定よりややずれた小沢で林道にでた。林道の両側は伐期に達したヒノキ林ばかりだが、近年に伐採した形跡は皆無。下呂市の民有林の内、人工林の面積は県内最多の49600haもある。尾根筋の天然モミツガ林は登山者にはうれしい景観だが、膨大なヒノキ人工林が成長しっぱなしのまま放置されているのを見ると悲しくなる。下呂市林務課によると、木材の伐採出荷は人件費の高騰と市場価格の低迷で思うように進まない、という。

 軽登山ブームで観光登山的な山には老若登山者があふれている。反面、知られない低山では登山者はもちろん、山林を持つ地元の人を含めて人の行かない山となった。経済情勢や山間地の衰退、人々の自然観、宗教観の変化が背景にあるだろう。だが、身の回りにある低山、山林という自然は人にとって貴重かつ不可分な栄養分を与えてくれる。それらを吸収しなくなったら、危ない、危ういのではないかと思う。

<点名・那比 ルート図>

(12/13報告)

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