大垣山岳協会

高時山 2018.01.20

高時山(加子母)

点名 野田ノ尾・高時山登山報告 鈴木 正昭

 付知峡山域の主峰、高時山(1564m)に東側から登るコースが昔からあると聞いて、無性に登って確かめたかった。途中の三角点・野田ノ尾(1140m)を経て登り5時間。特に驚く奇観や美林もない平凡な道中だったが、歩き通して山頂に立った時の喜びは語り尽くせない。途中、地形図にない林道を2度も横切った。人の介入による林野の移り変わりを見届け、その不安な行く末を思案した。

  • 日程:2018年1月20日(土)
  • 参加者:鈴木正(単独)
  • 行程:自宅6:15⇒中央道中津川IC⇒国道257号⇒付知峡口⇒中津川市道加子母50号⇒8:00林道ゲート前(駐車)8:20→8:45尾根取り付き(標高約650m)→10:10林道横断→10:50野田ノ尾(Ⅲ△)11:25→11:55林道横断→1:20高時山北峰→1:45高時山(Ⅱ△)2:00→3:20野田ノ尾北鞍部から降下開始→3:35林道出合→4:10林道から尾根降下→4:25作業道出合→市道加子母50号→4:50ゲート駐車地
  • 地理院地図 2.5万図:加子母

 先月、点名野田ノ尾に登ろうとして、時間不足で果たせなかった。今の高時山への登山道は南側から林道で木曽峠に出てわずかな時間で済むコースだが、東側から野田ノ尾経由で長い尾根を登り切る古道があるのなら、是非歩いて見たい。ネット記録を見ると、いずれも沢登りでこのコース上部に出て高時山に登った2件しかなかった。

 快晴の暖かな朝、頑丈な市道ゲートを潜って歩き出す。付近に雪は皆無。見える山肌にもない。用意した輪かんは車に置いてきた。猪の谷の分岐に降りてくる尾根の鼻先から直登する計画だ。ヒノキの人工林内の急斜面を上がる(写真①)。

(写真①)

 間伐作業で放置された丸太や枝葉を避けながら尾根の背にでる。高度100mほど上がると、薄い踏み跡と赤青のテープ類が現れ、国有林の境界杭や標示板が現れる。この尾根の北東側は国有林だったのだ。目標コースはこの境界を忠実にたどればよいことが分かる。

 急登だが、積雪ゼロでやぶもないに等しい。快調に進んで、924m点の少し先で前方に堤防のようなむき出しの土石の壁が現れた。林道が尾根を越していた。地形図に載っていない新道である(写真②)。

(写真②)

 せっかくの登山意欲が萎えるような想いを払いのけて、林道を横断してから背丈を越すスズタケを漕いで進む。すぐに尾根の背に戻ると踏み跡のある快適な尾根歩き。標高1000mからあちこちに雪が出始める。尾根の両側は常にヒノキの人工林であった。ただ、尾根の背の幅20mほどは広葉樹二次林や生育の貧弱なカラマツなどで日差しが入り明るい。

 千切れ布のような雪片が散らばる平らな地面に野田ノ尾の三角点が立っていた(写真③)。頭を赤いペンキで塗られていた。

(写真③)

 早速、用意してきた三角点の調査カードを掲げて写真撮影。所属する大垣山岳協会の三角点踏査事業のためである。東方を振りかえると樹林の隙間に天狗岳(1824m)と井出ノ小路山(1840m)の山嶺がのぞいていた。雪の細い筋がわずかに付いていた。この後の行動を、どうするか確定していなかった。時間が許せば高時山を狙うつもりだったが、その余裕があるのか。微妙な時間だが勝算は充分にあると決断した。

 ゆるい下り坂を進み、鞍部からひと登りした1200m手前でまた地形図に出ていない林道。あっけに取られていたが、休む時間はない。平らなササ原の全面にもろい雪が覆う。坪足だと時折潜る。間もなく傾斜が強くなり、歩き安くなる。主稜線に出て高時山北峰(約1550m)。視界が開けて白雲を頭に被った御岳が北方に控えていた(写真④)。

(写真④)

 登り始めて5時間。足に少しきしみを感じる。ササ混じりの雪稜をたどり直径10m余の平坦な高時山の頂に上がった。積雪30cmほど。むき出しの三角点の頭はここも赤塗り(写真⑤=後方は前山・小秀山方面)。

(写真⑤)

 境界目印として山林所有者が塗ったとの説もあるようだが、いたずら登山者の仕業あるいは点石保護のための塗布、という類推もできよう。いずれにせよ、山頂の風致を損なう避けたい行為だと思う。

 北と西側が開け眺望を満喫して、すぐ腰を上げねばならなかった。下山では往路のうち、かなりの急峻な最下部の降下は避けたかった。登る際に野田ノ尾の北の鞍部から西側の下の方に林道を見つけていた。尾根筋を分れて鞍部から広いカールを下り、粗彫りした林道に降りた。意欲が萎えると思った林道を恐縮しながら南下する。すると、往路で出くわした最初の林道横断の位置に出た。そこから林道は折り返して猪の谷側に進む。しかしその先、林道は反対方向の北側に逃げて行く。これはまずい。林道を離れて猪の谷に降りる尾根を下る。間もなく猪の谷に架かる市道の橋に着いた。

 たいした時間ロスを生じなかったのは幸運だった。往路の尾根筋は全て加子母裏木曽国有林の西側境界であり、その境界標が途切れなく点在していた。おかげで道迷いせずに済んだ。ただ人の通った古道の形跡を示す遺物や印は何一つ見つからなかった。

古道の存在について、地元の人に聞きたかった。ある縁で夕暮れ迫る付知川左岸の宮の上地区のTHさん(65)宅を訪ねた。氏は長年、岐阜県内外の山林で活動している集材、伐採専門技術者だ。高時山への尾根コースについて「登山道や登拝道はなかった。あったのは猟師や木挽きの作業用の踏み跡だと思う」と断定した。高時山のすぐ西にある木曽峠は御岳登拝に向う関西、東海地方の人々で賑わった。反対側の尾根コースは信仰登山とは無縁であったのだ。

 2.5万地形図ではこの尾根の上部に破線歩道の記載がある。登山道ではなかったが、この道は付知の人々の生活路、産業路として存在していた。今、その機能は消えて、国有林境界に関わるわずかな踏み跡となった(写真⑥=1100m辺り)。

(写真⑥)

 寂しい思いが残るが、自分の目で現認できて、胸のつかえが消えた気がする。

 THさん話の中で新林道の問題が出た。私が出合った2本の林道を含めて、近年の間伐出材事業の増加により、林道がどんどん延びている。ただ、ほとんど素掘り状態で危険な道ばかり。「この一帯はかなりの急斜面の山林が多い。大雨が続くと大規模な崩壊災害が起る心配がある。間伐は重要だが、そのために粗製林道をつくる手法に私は賛成できない」。私が歩いた林道でも斜面から崩壊した石や土砂が散らばった箇所を多く見た。放っておけば間もなく廃道になるかなと思った。

 結局、コストの側面に突きあたる。間伐出材をするには林道の開削、高機能の集材用重機、上昇する人件費が必要。いずれもほとんど公的資金でまかなう。だから、林道造りは極力安上がりが求められるのだという。彼は以前広く採用されていたケーブルを使った架線集材の採用を重視している。危ない粗製林道は必要ないからだ。出合った林道に感じた憂うつをTHさんが裏付けたような結果となった。 

<ルート図> 2.5万図・加子母

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