【 個人山行 】 蕎麦粒山(1627mⅢ△)、高塚山(1621mⅢ△) 鈴木 正昭
大井川上流の南アルプス深南部最南に属する2山に登ってきた。ひと頃、深南部の山々に何度も入った。その雄大な山容と巨樹の並び立つ森に再会したくて、高校時代の山仲間の誘いに参加した。明けきれぬ梅雨空のせいで眺望はゼロだったが、霧の尾根筋に立ち並ぶ巨樹の質実頑健振りに圧倒された。一方で、ササ原が茶色に立ち枯れている大規模ササ枯れ現象に遭遇した。100年に一度のことらしい。山の自然は転変流転する。これも自然とともにある山の本質だと実感した。
- 日程:2017年7月29日(土)
- 参加者:鈴木正 同行11人
- 行程:自宅5:20⇒東名高速⇒新東名⇒6:50遠州森町パーキング(メンバー合流)7:30⇒島田金谷IC⇒国道473号⇒県道77号⇒川根本町上長尾⇒南赤石林道⇒尾呂久保集落⇒山犬段(やまいぬのだん)小屋前広場9:35→10:15蕎麦粒山→三ッ合山(みつあいやま1602m)12:15→1:05高塚山1:20→2:40五樽沢コル→3:35蕎麦粒山→4:00山犬段駐車地
- 地理院地図 2.5万図:蕎麦粒山
標高1600mの山だが、登山口の山犬段は1404mだ。国道から林道に入ってから、実に1150mも上がった尾根上にある。この林道は林野庁管理の南赤石林道。山犬段までの約20kmの距離のうち、後半部は未舗装のガタガタ道。数カ所で崩壊部の補修工事中で車高の低い乗用車では危険だ。広い小屋前の広場に車を置いて、やたら幅広の登山道を歩き出す。厚い雲が広がる空。午後から雨が降りそうな気配だ。
歩き出して10分ほどして、誰かの「ササが枯れている」という声を聞いて見回すと道の両側のササ原が一斉に枯れている(写真①)。一斉開花によるササ枯れの現場だった。噂には聞いていたが、目撃したのは初めてだ。枯れササは腰ほどの背丈。スズタケのようだ。道の両脇のササは全滅であった。そこで両側の斜面をのぞいてみると、樹木の間に茶色のべた塗りが続いていた。煙霧がたちこめていて、遠望が効かないが全山規模のようだ。
眺望を期待した蕎麦粒山山頂からは曇り空しか見えない。山頂から川根本町と浜松市天竜区の境界尾根を北東に降りる。整備された登山道の両脇には枯れササばかり。場違いの茶色の広がりにどこか違和感を覚える。ただ、黒と白のまだら模様を粧ったブナやミズナラ、カエデ、シナノキの巨木たちは圧巻であった。どんな苦境をもはね返す耐久力と強靱さ。見ていると心の底に元気がわいてくる。
ササ枯れは12時前に消えた。その後、三ッ合山付近で一カ所、ササ枯れが現われた他は高塚山頂上までくるぶしが隠れる程の低いスズタケのササ原が続いた(写真②)。緑のじゅうたんのようなササ原の中を走る小径を進み、平坦な切り開きの高塚山山頂に着いた。
ササの一斉開花と枯死は幾つかの事例を知っていた。背丈を越すササやぶに苦労した鈴鹿山系の山々のササは10年ほど前ごろ大規模開花、枯死に見舞われ、今は随分歩きやすくなった。今年6月の朝日新聞記事によると昨春、愛知県新城市の段戸国有林内でスズタケの一斉開花が始まってから豊田市など三河山間地の5000haに広がっている。隣接する岐阜県でも開花が確認されたという。
蕎麦粒山、高塚山山域のササ枯れについて、山域の千頭国有林を管理する林野庁千頭森林事務所の担当官に聞いた。スズタケのササ枯れは2015年に始まった。規模や原因などはつかんでないが、かなりの大規模開花、枯死だと見る。鹿の食害要因もあろうが、ササ・タケ類の植物生態上の周期的な現象のようだと言う。
ウェブ情報などを参照して、なぜ一斉開花・枯死が起るのかを探った。ササ・タケ類は長い地下茎を四方八方に延ばして分布を広げる。開花の結果できた種子による有性繁殖ではなく、栄養繁殖により増えるクローナル植物だ。1つの個体が全山に広がっていることも多いという。開花結実はスズタケの場合、100年あるいは120年に一度、モウソウ竹では数百年に一度ともいう。ササでも種により開花周期は異なるそうだ。ただ、その科学的仕組みは未解明という。過去の歴史資料からの数字である。
開花するとなぜ全面枯死となるのか。開花する際、葉の小枝が落ちた所から穂が出て花が咲くので緑葉が激減して光合成が不可能になり地下茎と共に枯れるのだそうだ。しかし、結実した実生は地に落ちてやがて芽が出て有性繁殖する。蕎麦粒山での枯れササの下を見ると、実生から育った小さな緑のササ苗がたくさん目に入った。元通りのササ原に回復するには2,30年かかるらしい。
ある記事に開花周期を決めているのはそれぞれの種の遺伝的特性、つまり遺伝子情報に規定されているという推測があった。蕎麦粒山一帯のササ枯れ発生についての過去の文献があるのか知らないが、私たちは一生に一度合えるかどうかの自然転変の現場に遭遇できたことになる。登山者にはササ原の消滅は歓迎したいこと。一方で山を覆う植物の本来的な特性であれば、尊重すべき現象なのであろう。植物の分子生態学研究の進歩により、ササ枯れ周期の解明が間近かもしれない。でも、未知のままにしておいて欲しいという気持ちもある。
低いササ緑の小径の先に高塚山山頂はあった。腰を下ろし、遅めの昼食を取り始めた(写真③)。すると、蚊、アブ、ハエなどのコムシの大群が来襲。耳や開けた口にも入り込む。私は持参の防虫スプレーを振り回すが、ムシはすぐ戻ってくる。防虫ネット持参は2人だけ。食事を早々と切り上げ逃げるように下山を始めた。ムシたちの活動に最適な湿度と気温になったのだろう。
発信:8/3
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