大垣山岳協会

美濃焼山 2015.07.12

焼山

月報「わっぱ」 2015年8月(No.405)

【 一般山行 】 美濃焼山 ( 1709.2m Ⅲ△ ) 山田 哲雄

  • 日程:2015年7月12日(日)
  • 参加者:L.鈴木正 他4名
  • 行程:大垣6:00=中央道恵那IC6:50=国道257号=道の駅上矢作・福寿の里(合流)7:30=阿岳谷鯉子林道ゲート前駐車地8:05~15-墓土峠林道分岐8:50-砕石場跡10:20-尾根取付き点10:35-主稜線出合(1670m峰)11:30-美濃焼山11:55~12:35-尾根取付き点13:25-駐車地15:25=道の駅=大垣
  • 地理院地図 2.5万図:広野

 中津川(沢)を挟んで左岸の南側に連なる山系の主峰が焼山である。地理院地形図には「焼山」の記載だが、全国に同名の山が数多くあるので地形図の名称である「美濃焼山」と呼ぶことにする。

 この山は美濃の山でも知られる激やぶ山であるが、近年地元上矢作の自然愛好家たちが登山道を切り開き、手軽に日帰り登ることができるようになった。その新道を登る予定だ。上矢作の中心街を抜けて、矢作川の上流、飯田洞川を右に分けて阿岳谷鯉子林道を上がって行く。途中、大きな枯れた倒木が道をふさいでいたが、道の端をかろうじて通過できた。標高約800mで林道ゲート。手前の路側に車を止め、ゲート両側の鉄枠をくぐり抜けて林道を歩き始める。ここから先は上村恵那国有林内である。3つの台風の隙間の晴れ間。曇り空と晴れ間の交じる好天。まず約7km先にある尾根取付き点までの林道歩きである。

 阿岳谷左岸の谷底から50mほど上を進む林道を軽快に歩く。両岸斜面はほとんどヒノキの人工林。各所に大木の切り株は見えるが、立木の大木はなく、幼樹の林が多い。かつてはスギやヒノキの大木の森があったのだろう。標高1300m付近で左岸にびっくりの土留め人工斜面。かなり上の方まで鋼鉄製の柵とコンクリート面で幾重にも塗り固められている。工事プレートには「阿岳NO1鋼製枠土留工 平成18年度 東濃森林管理署」とあった。

びっくりの土留め人工斜面

 さらに前後2カ所でここほどではないが、急な斜面を駆け上がる土留め工を見た。後で知ったが、2000年前後の恵南豪雨や東海豪雨により斜面の大規模崩壊が起った。目にした人工土砂止めはその復旧工事のようだ。今は閉鎖された巨大な砕石場の跡を流れる沢で休んで、給水。林道はすぐに終点となる。その先に白いウノハナやウツギの花が咲く平らな草原の中の踏み跡を進むと尾根の取付き点だった。斜面に「焼山登山口」と記した木製看板があった。

 やっと本当の山登りが始まる。薄暗いヒノキ林内の細くて急な斜面を登って尾根の背に出る。ササ原が覆う尾根はしっかり刈りはらってあった。やがて緑がまばゆいダケカンバの幼樹の林を過ぎ、小さく登り返した後に主稜上の1670m峰に着いた。焼山の前山ともいうべきこの峰頂上は展望がよく、北側すぐ先に焼山山頂が見えた。鯉子山から続くうねるような尾根筋の小さなこぶ。黒い針葉樹がこんもりしているのが山頂だ。

主稜線出合(1670m峰)から見た焼山=左端の高み

 ここからわずかに下り、広いササ原をきれいに切り開いた幅広の道をゆるやかに登りきると背の低い針葉樹の木々の下に山頂三角点が控えていた。ササやぶもない平坦地で腰を下ろし昼食。時折、ガスが晴れた北側に恵那山の大きな山体が現われた。南側には1670m峰の先に三角形のロクロ天井(1471m)が見えたが、次第に雲が広がり眺望はよくない。

 下山途中の墓土峠分岐近く、道脇の小祠前で小休止。国有林作業の盛んなころ、作業員らが安全を祈ってお参りした山の神さまであろう。私たちも安全登山への感謝のお礼参りをした。
長い林道歩きは飽きることはなかった。大規模な人工土砂止め施設や多くの堰堤や堤防工事、人工林の広がり。斜面崩壊などの自然災害とその復旧工事のせめぎ合い。いろんな場面を勉強できた山行であった。

<ルート図>

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