大垣山岳協会

門入の末廣さん体験記 ②

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門入の末廣さん体験記 ② 伝説の長者ヶ平を巡って 鈴木 正昭

 旧徳山村門入(岐阜県揖斐川町)の旧住民、泉末廣さんが昨年11月に開いた門入体験を継承するための現地の集いで語ったことを続いて紹介する。今回は門入の昔話の中でもよく知られる長者ヶ平伝説関連を取り上げる。

昨年11月、長者平で

<金の鶏伝説>

 昔、長者がお堂を建てて住んでいた。金の宝物が埋蔵され、朝日が昇るときに金の鶏が鳴くと言われた(門入集落史碑から)。長者ヶ平は集落から西谷の約8㌔上流沿いにある。林道開通の50年前まで谷沿いの歩道を往来した。

 私(泉さん)が若いころ、西谷の河原沿いを歩きこの平に何度もきた。東側に清水の噴き出る水場があり、飯場小屋があった。だが、今は痕跡もない。

 私より4.5代前のことと聞くが、長者が立派なお堂を建てて住んでいた。主食の米がないので、門入から村人が米を背負い奉納参拝に通ったという話を聞いている。その史実を伝える古文書があっただろうが1956年の門入大火の際に消失してしまった。ある旧家にあった古文書入りのカマスが幾つも燃えてしまったらしい。

 江戸時代の中期ころだろうが、長者とお寺があったことは間違いないだろう。私は越前から西谷源流沿いにあったという古道を下ってきた仏教信心の厚い金持ちがなんらかの理由で定住したと思う。以前には、古い石垣があったというが今は、遺物や建物の痕跡はみつからない。最近、専門の研究者が発掘調査をするという話も聞いた。掘れば、きっと遺構が見つかるに違いない、と期待している。

<長者ヶ平脱出行>

 私が小四のころ、父と叔父さんの3人で魚釣りに出かけて、長者ヶ平から帰る途中、西谷沿いの道の小さな尾根で福井大震災(1948年6月)が発生。私は20mほど斜面をずり落ちた。すぐ父が「ボー 大丈夫か」と叫びながら降りてきて助けてくれた。谷の水面は樹木から落ちた葉で埋まり、すぐ下流辺りには崩落する土石の土煙が上がった。揺れと崩落が治まるのを待って無事帰宅した。地震が来たのがあの位置でよかったな、と今でも思う。


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