【週日山行】菩提山(401mⅣ等△)・明神山(659mⅢ等△) 不破郡垂井町岩手・関ケ原町 NT
不破郡垂井町の水甕明神湖に裾野を落とす菩提山はかの羽柴秀吉の軍師竹中半兵衛の居城跡である。その菩提山から北へ尾根を辿った高みが幕藩時代から戦後の高度成長期まで垂井町岩手と関ヶ原町(旧竹中領)の住民が雨乞いを行っていた明神山である。当会8月の週日山行は暑さを避けた北面の木陰を辿る里山歴史散策の報告である。

- 日程:2025年8月21日(木) 天候 晴れ
- 参加者:L.NT、OS、KM、ST、MK、MT、WY
- 行程:駐車地標高350m7:35-菩提山7:55~8:12-明神山9:42-展望台公園10:05~10:55-駐車地11:50
- 地理院地図2.5万図:関ケ原
明神湖でトイレ休憩後に岩手峠へ向かう県道257号と分かれ「半兵衛グリーンロード」を遡った。ヘアピンカーブを過ぎると直ぐに標高350mのコルに向かう細い急な地道が20m、無理やりバックで尾根に上がり駐車した。ここが菩提山取付きで山頂を目指す。

尾根道は整備されており所々で大ヒノキの樹皮が採取された跡を見た。神社や寺院の檜皮葺屋根に採取されたのだろう。樹皮は樹齢80年以上のヒノキ限定で冬季に原皮師(もとかわし)により採取されるようだ。

山頂(本丸跡)が近くなると竪堀や大堀切、土塁、曲輪跡の遺構が次々に現れ戦国の山城の只中に居る気分を味わう。また半兵衛公の旗竿が戦国期の雰囲気を醸し出している。当会は4年前に東の菩提集落から訪れているが明神湖からは初めてである。

本丸跡に到着、この城は岩手弾正によって築城されたが半兵衛の父である重元が岩手氏を攻略後に更に堅固な城にしたようだ。東西150m、南北300m西濃屈指の山城を築いた。

(半兵衛の名言―1)「要害が堅固で有っても人心が一つでなければ用をなさない」半兵衛は酒色に溺れ政務を顧みない主家斎藤龍興を諫める為に難攻不落と言われた稲葉山城をたった16人で乗っ取った。信長は美濃攻略後に半兵衛を三顧の礼で迎え秀吉の与力とした。

本丸西のⅣ等三角点。(半兵衛の名言―2)「武士は分に過ぎたる馬を買ってはならない」秀吉は貧相な馬に乗った半兵衛を見、もっといい馬をと・・・半兵衛は身分不相応の高価な馬に乗っていると戦場で敵と槍を合わせる際に馬に気を取られ戦機を失う恐れがあると・・

菩提山から南へ尾根を600m歩いて「半兵衛グリーンロード」に再び合流した。行く手に明神山が見えている。北面なので尾根が木陰をつくっており風が抜けて涼しかった。

関ケ原大高から北上する道に合流して進むと「岩清水」が有り、冷たい「名水」を手酌で飲んだ。汗ばんだ顔や手を洗うと何ともいえぬほど気持ちよかった。濡れタオルを首に巻いて「生き返る」とはしゃぐ人もいた。此処から谷沿いの遊歩道の階段を詰めた。

尾根に上がると谷から吹き上がる風が心地よくて何度か立ち止まり風に向かって顔を晒した。関ケ原の此処だけはテレビが連日報じている危険な暑さを忘れる涼しさだった。

近頃の里の悩みは獣害による被害で有る。足元の笹は少し離れた所から見ると芝の絨毯のようでとても綺麗だ、だがこれもシカの食害で年々丈が短くなってこの高さなのである。いずれ鈴鹿の霊仙や御池、藤原のように禿山にならぬか心配である。

幕藩時代は岩手と関ケ原は旗本竹中家の領地であったが明治になって袂を分かった。現在は神社が岩手と関ケ原と隣り合って二社存在している。神社の西に広場が有り舞や太鼓、笛が奉納され雨乞いを祈願した。

明神神社から山頂までは徒歩3分ほどである。点名・明神、Ⅲ等三角点を囲んで記念写真。手造りの山名板が近くの木に括られていた。標石柱の文字面は珍しい北向きである。樹木に覆われて涼しいが展望は良く無い。樹間の枝に邪魔をされるが伊吹山は確認出来る。

今日は甲子園で準決勝が行われており県岐商×日大三高戦が気にかかる。前々日の準々決勝の横浜高戦のタイブレークの熱戦を思い出し名プレーや好打を歩行の足を止めて盛り上がった。後方から展望台のランチ場所へ早く行かねば試合が終わってしまうと苦情も・・・

相川の源流を挟んだ対岸に相川山の秀麗な山容が見える。あの鉄塔の西側の谷斜面に「雨乞い岩」が有る。明神神社で舞や歌の奉納を終えると尾根通しに相川山へ向かい山頂下の「雨乞い岩」で再度奉納して関ケ原小関へ下りたと関ケ原町史に記されている。

公園展望台でランチタイムを過ごしたが東屋の中まで涼風が通り抜けていた。折しも甲子園では又してもタイブレークの延長戦で実況中継に一喜一憂、応援に熱が入った。しかし甲斐なく県岐商の決勝進出は成らなかったが県勢の活躍に今山行は大いに盛り上がった。


甲子園は沖縄尚学の優勝で夏を終えたが基本に忠実な高校野球に登山も学ばねばならない。元々天才の球児達は厳しい練習をこなし甲子園の土を踏んだ。それに比べ山登りはというと読図はGPS任せ、登山の基礎技術や基礎知識はユーチューブで得るという具合だ。基礎技術や登山知識をおろそかにした結果、この夏も事故の報道が絶えず山岳界に身を置く者として肩身が狭い。富士山では既に4000円もの入山料が徴収されているが北アでも入山料が検討されているという。現在の北アはすっかり観光登山家に占拠されてしまった。このままではあらかじめ救助費を当て込んだ多額の入山料が徴収されそうで心配でならない。完


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