大垣山岳協会

里山地形図学習記・鍋倉山周回 2023.02.28

点名・日坂

【 個人山行 】 鍋倉山( 1049.8m Ⅲ等△ )、点名・日坂( 820.7m Ⅲ等△ )揖斐川町日坂 丹生 統司

 先日吹雪の能郷白山で逆方向へ歩く失態を犯した。誰にも頼らない、地形図学習を兼ねて鍋倉山へ行って来た。下山路は支尾根が複雑に派生している尾根を敢えて選んだが、案の定一ヶ所間違え少々恥ずかしい。山の虜の深みにまた一歩嵌まった報告である。

<ルート図>
  • 日程:2023年2月28日(火) 晴れ
  • 参加者:丹生統(単独)
  • 行程:日坂上村駐車地7:06-鍋倉山山頂10:19~11:10-日坂越11:55-点名・日坂12:40-日坂上村駐車地14:24
  • 地理院地図 2.5万図:横山

 先日の点名・西横山以来2度目の日坂集落訪問である。今回はコースが長いのと下降尾根が複雑なので早めの出立をと勇んできたが、問題発生、頑丈な獣害柵が下降予定尾根末端を囲っていた。少し離れ遠くなるが民家が一軒見えている。おそらく柵の出入り扉が有ると推測し下山口をそこに変更して出発した。写真はこれから登る尾根と奥が鍋倉山。

 登路尾根も頑丈な柵で囲われ出入り扉が見つからない。田んぼのあぜ道を尾根末端に沿って捜していると一ヶ所倒木で柵が壊れていた。これ幸い倒木を利用して侵入した。

 尾根には鹿が多く何度か遭遇した。沼田場(ヌタ場)が有りイノシシも多いと思われた。因みに「ぬたうつ」「のたうつ」はイノシシノの泥を浴びる様子から生まれたそうだ。

 合体木。平行に直立し互いの幹が大きくなって合体したものはよく見るがクロスした木が完全に一体化したものは珍しい。将来はブナが取り込み食べてしまいそうだった。

 ブナの幹には熊が上り下りした爪痕が生々しく残されていた。道のない山だと熊などとの生活圏での触れ合いが楽しめる。

 樹木の間から隣の貝月山と金糞岳が見えて北に蕎麦粒山と天狗山の雪景色が広がってきた。無雪期の鍋倉山は展望が今一と思っていたが案外眺望が期待できそうな予感がした。

 小津権現山西尾根の背後に能郷白山が見えて来た。そして小津権現山と花房山、雷倉の小津三山の後ろには白山が現れて来た。こりゃー、もしかして大展望に恵まれそうな!思ってもいなかった景色!今日は地形図とコンパスの練習日のはずが嬉しい誤算である。

 尾根には花崗岩の大石が点在し庭園のような雰囲気を醸し出すところが数ヵ所有った。

 高度を上げるごとに白山が小津権現山と花房山の間に大きくなって来た。絶景に撮影タイムが多くなり少しも進まない。

 奥美濃の山並みである。左から上谷山、三国岳、高丸、烏帽子山、蕎麦粒山、小ソムギ、黒津山、天狗山、能郷白山、小津権現山、白山、花房山、雷倉が見えている。東に御嶽山、乗鞍、穂高が霞んで写真には写っていない。温度が上昇し東は霞が出ていたようだ。

 標高900mを越えると尾根は雪が途切れなくなった。今朝方の冷え込みで雪は堅くワカンは準備したが無用でツボ足で通した。

 鍋倉山山頂、日当たりが良く暖かく昼食休憩はのんびり出来た。その後に三角点捜索を行った。積雪はそれほど多くなかったので枯木をゾンデ棒にして結構しつこく長時間行った。簡単に見つかると思ったが掘り当てられずフラフラになった。捜し疲れて木製モニュメントに手を着いた途端に劣化していたのか山名板は下に落ちた。

 山頂から先ずは日坂越を目指して自然歩道を西へ下った。雪上に一人分の足跡が残されていた。まだ1週間ほどしか経っていないと思われた。南に国見岳と伊吹山が見えていた。

 貝月山と金糞岳は登って来た尾根から絶えず見えていたが樹木が邪魔をして撮影が旨く出来なかった。貝月山のスキー場が中央に白く右端奥が金糞岳である。

 日坂越の仲睦まじい地蔵、風化が進み目鼻立ちもわからないが夫婦地蔵だったのだろうか。昔日、日坂の方々は此処から春日美束に出て更に古屋から岩手峠を越えて伊勢参りに行ったのだろうか、ふとそんな旅姿の村人を想像した。

 日坂越から自然歩道を辿って来たが標高780mで南に下る道と岐かれ尾根を北に登る。ここからが今日の目的、読図練習で有る。先ず「点名・日坂」を目指す。

 点名・日坂(820.7mⅢ等△)三角点標石は出ていた。山頂は疎林で落葉した樹林の隙間から周囲の山は見えていた。

 点名・日坂から前谷を挟んで登路に使用した尾根と鍋倉山を仰ぐ。山頂から日坂越の雪を載せた遊歩道コースが白いラインで確認出来た。

 点名・日坂から70m下降し細い尾根を北に登りきった。ここまで順調に来たが落とし穴があった。老眼で10m間隔の等高線が良く見えていないのもあるが標高700mの分岐まで来ていると思い込み左、直進の尾根にコンパスの進行方向を合わせ進入した。

 少し下った所に赤布が有り登山者が残した物と決めつけ物好きは居るものとルートを疑わず油断も有った。高度で30mほど下った所でコンパスを確認すると進行矢印は下降して来た高みの逆方向を指している。「アカン!間違えとる」慌てて登り返し地形図をよく見ると標高700m分岐の手前200mの「くの字」に屈曲する所の西に下りる支尾根に進入している。冷静に「くの字」の屈曲点を意識し現在地を確認しておれば間違えずに済んだ。完璧に満点で下降する計画であったのが未熟を露呈した。今日の目的はこれでオジャンとなった。

 以後は用心に用心を重ね小まめに現在地の確認を怠らず、その度にコンパスで進行方向をチェックした。満点の読図で難しい支尾根分岐をクリアして尾根末端の民家裏付近まで下りて来た。すると古い墓地に出くわした。苔むした五輪塔や風化した宝篋印塔を眺めてこの集落の歴史を想像した。少なくとも江戸時代以前から守られた墓地である。五輪塔は平安や鎌倉時代に多く造られている。出口扉の有無や心配も忘れ幾つかに分散された歴史の語部を見て回りカメラに収めた。日坂は古くから栄えた豊かな集落であったと推測した。柵には出口が全くないように見えたが墓地の小路を辿ると扉が有り簡単に外に出られた。

 この2月26日は会の山行で能郷白山に居たが前山から山頂にかけて猛烈に吹雪かれた。当初、イソクラまでの計画を奥宮までに短縮変更したがホワイトアウトの中であろうことか逆方向の温見峠へ向かっているとGPSに指摘された。そんな、一瞬その器機を疑った。

 確かに猛烈な風とガスと地吹雪の中で条件は最悪だった。厚手の手袋でも指は悴み地形図は引き裂かれそうで飛ばされない様に持つだけで精いっぱいだった。コンパスのリングは凍ったか指が悴んだか手袋のせいか地北線に回し合わすのに苦労した。この状態で合わせたコンパスの精度に問題が有ったにせよ温見峠へ向かっていたことにショックを受けた。

 奥宮行きを断念し下山にかかった。視界不良の中で広い山頂南斜面をコンパスの指す進行方向を頼りに登って来た前山へ続く尾根を捜して下った。しかし先ほどの逆方向へ向かっていたショックが大きくコンパスへの信頼が揺らいでいた。五里霧中、もしかして白谷へ下っていないかと心中に不安がよぎったことも・・・やがて登路に残したワカンの痕跡を見つけ安堵した。6人で踏んだワカン跡は堅く締まった為に周囲の雪が強風で飛ばされても少し高くなり残っていた。それでも僅かな時間なのに微かな痕跡でしか残っていなかった。

 コンパスは劣悪な環境の中でもセットを正確に行う訓練が重要と知らされた。山登りで命を預け頼りになるコンパス、正常に働くための取り扱いの大事さと有難さが身に沁みた山行だった。GPSにかなわないことは認めているが今後も頼らない。完

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