大垣山岳協会

令和4年、第14回県民スポーツ大会・納古山 2022.09.10-11

納古山

【 月例山行・県民スポーツ大会 】 納古山 ( 633m Ⅱ△ ) 丹生 統司

 令和4年岐阜県民スポーツ大会山岳競技会は加茂郡七宗町納古山で3年ぶり(コロナで2年中断)に開催された。諏訪神社から納古山初級コース登山口まで3㎞、標高差140mを山岳マラソンで競った。大垣市は健闘し3位であった。競技終了後は山岳会毎に納古山を集団登山した報告である。(年代別2位で力走する小川選手、写真は宮澤氏提供)

<ルート図>
  • 日程:令和4(2022)年9月10日~11日(土、日)  晴れ
  • 参加者(大垣市):L.丹生統、佐藤大、竹森せ、中田英、藤野一、三輪唯、山中晴、吉田千、藤井利、宮澤健、山本知、小川幸、田村利、宮崎秀、後藤正(指導者講習)
  • 行程:後述
  • 地理院地図 2.5万図:上麻生

 9月10日(土)加茂郡白川町河岐「清流国体記念公園・大野台パーク」で受付を済ませた。コロナ禍での開催で有り参加者全員体調チェックシートの提出を求められた。前夜祭は山岳会毎の親睦会となり他会の訪問は自粛され少し寂しい県スポ前夜であった。

 9月11日(日)午前7時30分、第13回優勝の大垣市から小木曽岳連会長にカップを返還し第14回の開催が宣言された。その後七宗町の「木の国七宗コミュニティーセンター」へ移動した。(開会式風景)

 山岳マラソンは「諏訪神社」~木和谷沿いのコースで行われ号砲が鳴るや飛び出すランナー。

 写真下は50代後半でありながら20~30歳年齢区分(4㎏負荷)の最強年代に臆せず挑み健闘した田村選手(藤野氏提供)大垣市は若手不在で彼にお願いしたが頑張ってくれた。

 競技を終えたばかりの大垣市代表選手。YC選手は4日前に故障者が判明した為、急遽、拝み倒しピンチヒッターをお願いした。直前の事で練習もままならず、それが強豪ひしめく40~50歳年代別4位、惜しくも表彰を逃がしたが並み居る男共を置き去りにした猛者。小生の眼力に狂いはなかった。総合順位発表は閉会式迄お預けである。(写真は藤野氏提供)

 競技終了後、親睦集団登山となって担当地区山岳会を先頭に初級コースから納古山を往復との事前説明であったが登山口をやり過ごし林道をそのまま進んだ。

 林道を約20分歩くと道標が有り山道の取り付きに着いた。標高410m辺りで檜の植林帯へ入り北西に進んで尾根に出ると本来の初級コースへ合流した。

 尾根には武儀郡神渕村境界標と書かれた石柱が有った。元々尾張藩領の武儀郡近隣10ケ村が明治6年に合併して神渕村(かぶちむら)となる。そして昭和30年、加茂郡上麻生村と合併して七宗村となった。武儀郡神渕村の石柱が往時を偲ばせている。

 9月になって夏が帰って来たような、この日も時折思い出したようにしか風が通らず暑い一日で有った。汗が滴り落ちて辛かった、昨夜の不摂生がたたったのだろうか。

 山頂が近くなってチャート質の岩場が出てきた。チャートは金華山をはじめ美濃地域に多く放散虫が深海底に堆積して出来た岩だそうだ。堅い岩質でリスが狭くハーケンを打つと割れて欠けることが多くクライミングでは支点造りが難しかった。

 標高610mで中級コースと合流、10m下降して30m登れば山頂である。

 山頂は広くはなかったが沢山の椅子とテーブルが有って腰を下ろして昼食休憩を過ごすことが出来た。雲が多く御嶽山を始め高峰の展望は利かなかった。

 広くない山頂はいつの間にか混雑して来た。下山は各山岳会の判断で出発時間やコースの選択を任された。我々は比較的短時間で下れる中級コースを選んだ。

 閉会式は七宗町の「木の国七宗コミュニティーセンター駐車場」で行われた。先ず団体順位が発表され1位高山市、2位岐阜市、3位大垣市の順に表彰を受けた。

団体 3位大垣市 代表 田村選手(右端)

 続いて個人表彰が行われ大垣市の小川さんが60歳以上の部で2位だった。

個人 60歳以上の部2位 小川選手(右端)

 閉会式後、大垣市代表メンバーと応援者とで記念の写真を撮った。今年は開催日間近になって予定していた選手の故障、コロナでの辞退など有ってドタバタとなった。それにも拘わらず優秀な成績を収めることが出来た。重要なイベントであることを理解していただいた結果であり御協力に感謝を申し上げたい。

 来年、第15回県民スポーツ大会は関市などの中濃地区の担当と発表された。岐阜県岳連の傘下団体が集う数少ないイベントで有り数年後には我が会も幹事を担わねばならない。

 今大回の大垣は参加者が少なくTSさんに過度な負担が集中してしまい申し訳ないと思った。県スポーツ大会の成績は次年度体連から支給される強化費に直結し、会費だけでは賄えない会運営の貴重な資金となっている。次回は広く浅い負担で済むように会員相互の理解を深めて参加者を募りたいと思った。選手の選抜についてもしかりである。

 この頃未組織登山者による遭難事故の多発がテレビや新聞を賑わしている。技術や知識を磨き岩や雪、突然の気象変化にも対応できる人材育成は山岳会の重要な使命である。同等に社会や組織の一員として思いやりの心を育てることの必要をこの大会を通じて気付かされた。我々は先輩の指導を受けて今日が有る。次はそれを後輩へ、順送りのサイクルを回せれば組織は停滞しないだろう。組織は柔軟で在るべきで会員の自由を尊重しつつ技術や知識の追求と運営の両立が大事である。それが今年失った県スポ優勝カップを取り返す礎になると信じている。完


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