月報「わっぱ」 2012年7月(No.368)
山書巡歴 ④ 山の人生(柳田 国男)
著者の柳翁(柳田国男の尊称)は日本民俗学の創始者であり泰斗である。ここで取り上げた『山の人生』の他に『遠野物語』も山を志す人には是非呼んで欲しい本だ。
「山に埋もれたる人生あること」という序文から人を驚かすに足る話で始まる。なんと西美濃の山中で起きた事件で大筋はこうだ。
ある大不況の年、男は今日も町へ炭を売りに行ったが、全然売れない。2人の子供に顔を合わせることが嫌で、奧へ引っ込んで昼寝をしていると、台所の方で子供たちが一生懸命に斧を研いでいる。そして「おとう、これで二人を殺してくれ」といって土間の敷居に頭を並べた。父は乞われるままに斧を振り下ろしてしまった。何年か後に恩赦で世の中へ戻ってきたが、その後の消息はわからないという。そのような偉大な人間苦の物語も今では語りつぐ人はなく、裁判所の古記録が残っているだけだ。
私たちは奢ってはいけない。まだ、一世紀にも満たない、ついこの間の話である。それが意味するものは、今日でも姿や形を変えて繰り返されていることはご承知のとおりだ。
その末尾で翁はこう語る。「我々が空想で描いてみせる世界よりも、隠れた現実の方が遙かに物深いし、我々をして考えせしめる」序文だけの言及に止まったことを謝したい。
【岩波文庫】
(高木 泰夫)
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