大垣山岳協会

神の領域へ再び…明神洞遡行 2021.10.10

明神山

【 個人山行・沢登り 】 奥美濃 明神洞から明神山 ( 1136m △なし ) 平木 勤

  • 日程:2021年10月10日(日)
  • 参加者:平木勤、中田英、会員外Y.M(JAC岐阜支部)
  • 行程:東河内谷林道駐車地6:30-明神滝6:55-岩井堂8:10~25-720m二俣9:45-820m二俣10:50- 明神山12:10~25-駐車地14:30
  • 地理院地図 2.5万図:平家岳

一生に一度、足を踏み入れる事ができるだろうか、
と思っていた神の領域に身を浸す事ができた時、
まるで夢を見ているような心地で一歩一歩を踏みしめていた。
あれから十三年、出来ればもう一度、と願っていた。
しかし、それは贅沢な願い、と半ば諦めもしていた。

ここを登るならば、あの時の佐竹さんのように
グイグイと引っぱっていってくれる人が僕には必要だ。
とても僕の力では先を切ってここを登る事は出来ない。

そんな中で、数年前YMさんと知り合う事ができた。
何故だか沢登り巧者とも思えない僕にしきりに誘いかけてくれる。
かつて行った事のある奥美濃の沢へ何回か同行した。
その内、「明神洞」の名も彼の口から聞くようになった。
願ってもない事だが、いざとなると自信がない。
申し訳なかったが良い返事はなかなかできなかった。

8月末から、ここ数年になく毎週のように沢に向かうようになった。
徐々にだが、沢を歩く感覚、滝を登る感覚が蘇った感じがする。
それを知ってか否か、YMさんが再び「明神洞」にと声をかけてきた。
今なら行ける気がした。

OKの返事をしたのは 沢に対する自信ができた、からだけではない。
巡り合わせというのだろうか、「明神洞」の話題が知人と盛り上がっていた。
もともと思い入れのあった「明神洞」に更に関心が強くなった。
その事が乗り越えるハードルを低くした。

ここのところ天候が安定しているのも、今なら、という思いを後押しした。
神の領域が二回目の門戸を開けてくれているようだ。

行くなら中田君に声を掛けたかった。
十三年前、彼が声を掛けてくれなかったらあの奇蹟は起こらなかった。
その思いが強くYMさんに同行の是非を確認した。
快く了解してもらい中田君に連絡した。

集合場所は、関のYMさんが来やすいよう
NEOキャンプ場の奥、神明神社の鳥居前にした。
ここには明神洞からおろされた明神様が合祀されている。
今回の山行にはもってこいの集合場所だ。
中田君とともに下大須下村の家で前泊して早めに出かけると
ほどなくYMさんが現われた。
挨拶をかわしているうちに二台の車が薄暗い中を近づいて停車。
山協のドウの天井、明神山を目指す面々だった。
会の山行が我々と同じ目的地だったのだ。
直前まで知らず、中田君の指摘でわかった。
これも何かの巡り合わせなのかもしれない。

乗り合わせるのも面倒なのでそのまま2台で東河内谷へ向かう。
ダム湖畔の広場を過ぎた辺りで先行していた山協のパーティは出発準備をしていた。
ここからの尾根に取り付いて川浦ダムの作業道に出るらしい。

東河内谷林道終点手前にある堰堤管理小屋脇の広場に駐車し出発。
すぐに東河内谷の河床に降りる。
涸れ沢?と思う程,水の流れがない。
前方には明神洞の険しさを予告するような岩峰が聳える。

記録ではよく「F1」と書かれている出合の滝の前に出る。
十三年前、リーダーの佐竹さん、杉本さんはここから取り付いた。
まだ、沢慣れしているとは言えなかった僕と中田君はそれを遠巻きに見ていた。
今回は淵をへつって取り付いてみる。
岩のヌメリがちょっといやらしいが難しくはない。
手前の淵の水はとても澄んでいて底まで澱みなく見えた。

F1の上はきれいな滑になっている。
水量が少なく緑の藻が成長して流れに揺れていた。

奥の巨岩帯を越え右手に現われた空から降り落ちる巨大な瀑布。
神の領域への侵入を許さないかのように立ちはだかる明神滝だ。
久し振りの対面だがその厳つい姿は変わってない。
ホッともしたが、震えも感じた。
今日はここを直登する計画だ。

水量は過去の写真などと比較すると平常、といったところか。
その水流の下に残置ハーケンが幾つか残されているという。
神々しいまでの滝に対してそれは痛々しさを感じずにはいられないが
それがある事で我々がここを越えられる可能性もあるのだ。
申し訳ないと思いつつも利用させてもらう。
突っ込み隊のYMさんがリードをかってくれた。
「今日を逃す手はないですね」とやる気満々だ。
ビレーは僕がやらせてもらう。

ヌメリで滑り気味の岩肌を慎重に登って中段の窪みの中に入る。
ここを抜けたところの水流を越えていくのが核心だ。
残置にランニングを取りつつ進んで行くがやはり乗っ越しで手間取る。
何度か濡れた顔を拭いながらホールド、スタンスを探っていた。
そして何度目かに重心を右に傾け、左足をあげる。
それを手掛りに身体を持ち上げ後は流れの右端を確実に登っていった。
ビレーしていた僕がまず歓喜の叫びをあげていた。
あの水流を一発で抜けた!

セカンドは中田君にいってもらった。
やはり乗っ越しで手間取る。
ムーブを見つけるまでがなかなか大変のようだ。
最後の僕は中田君に結びつけた30mロープで引き上げてもらう。
乗っ越しの部分はどうしても左手側に行きがちになる。
胸高にあるホールドを上手く使って
重心を右に持っていき左足をあげるのがポイントだった。
水流の中の残置シュリンゲが確実なホールドの少ない中で安心感をくれた。

水流を直登し、再び神の領域に立てた!
その喜びにしばらく興奮が鎮まらなかった。
同時に十三年前のあの達成感を思い出していた。
三人の顔は笑みに溢れていた。
中田君と僕はYMさんに感謝の思いで一杯になった。

落口には新しいハンガーボルトが2点打たれていた。
これにメインロープをビレーして確保してもらった。
そのボルトの上には古いリングボルト。
十三年前に使ったのはこちらだ。
錆びて変色しており歳月を感じさせた。

興奮がやや落ち着いたところで次への準備に移る。
落口の上にはすぐ深い釜と5mの滝が立ちはだかる。
ここは僕のリードで右岸の壁をトラバース気味に登っていく。
一応ロープを出したが持ち上げていくだけだ。
二人は一応確保してあがってもらった。

2つ目の滝上から見ると明神滝の落口は恐ろしげな感じだ。
よく登ったと思える。
また十三年前は闇の迫る中でここをよく下ったと思う。
佐竹さんの胆力の成せる業であった。
今の僕とほぼ同じ年齢だったはずで、改めて凄い、と思わざるを得ない。

2つ目の滝上に佐竹さんの打ったハーケンが残されているはず、
と中田君が探しまわりクロモリの残置ハーケンを見つけた。
探し当てた中田君は興奮気味だった。
僕はそのハーケンにそっと触れてみた。
一瞬、佐竹さんの息吹きを感じた気がした。
もちろん、このハーケンが佐竹さんのものであるという確証はないのだが。

続く滝はまんまるの釜が印象的だ。
水はこの谷のどこでもそうだが瑞々しく青く澄んでいる。
右手のバンドから滑りやすい岩肌に注意して越えていく。

次の滝は、落口からの2つに比べると未だ造形中、
といった感じでちょっと荒い。
流れの脇を登るがやはりヌメっていて気が抜けない。

明神滝落口から3つの滝をこえ、谷は左へ屈曲している。
そこから先の渓相はまさに圧巻だ。
左右に屹立した巨大な壁に挟まれた谷は
一体どうやって造られたのだろうと考えさせられる。
十三年前もこの眺めの前にしばらく立ち尽くしたが今回も同じだった。

圧巻の風景の中を抜けて行くと右岸に大きな洞が現われる。
古くより雨乞い神事が行われていたという岩井堂とも明神社とも呼ばれる洞だ。
近年まで修験者が通っていたともいう。
この辺りは樹木が立ち、周りと違う空気が漂っている。

中にはまだ祠が残され、
「青葉明神」「稲葉明神」と掘られたものなど、幾つかの碑が立っている。
その姿は十三年前と変わらず、ここだけ時が止まっているように思えた。
破損したり、倒れたものも今回確認できた。
どうやってここに持ち上げたのだろう。
木柱の碑もあった。
何れも文字は判別しにくいが何とか読めるものもある。

この岩井堂について知人が現在調査を進行している。
雨乞いの事などを知る人が少なくなり苦労しているようだ。
神事には古く故郷の下大須の人々も関わっているようなので
ここを知る事は僕のルーツを知る事にも繋がっていく。
微力ながらお手伝いを出来たら、と考えている。
今回も半ばその思いがあった。

洞を後にして先に進むと小さな滝がありその先で谷がまた左へ屈曲した。
先ほどと同じようにすばらしい景観が眼前に現われる。

振り返ってみれば崖に立つ樹木が変に曲がりくねっていた。
それは谷の厳しさを物語っているようだった。

細い谷筋を抜けると四面を高い壁に囲まれた空間に出た。
それまでと違ってここでは空が広い。

ここを右に曲がれば核心部第2幕の幕開けとなる。
なだらかな連瀑帯でその入り口からは難しく見えない。

カメラを向けられピースサインを出し、まるで緊張感がない。
しかし、ここから先は緊張の場面が続く。

核心入口から2つ目の5m滝は右の壁を登って行く。
ホールド、スタンスはあるが意外と立っているのと若干のヌメリ。
一歩一歩を慎重に登る。

落口には以前はなかった支点が設置してあった。
こういうものを見る度、寂しい気持ちになる。

次は深い釜をもった4m滝。
左右ともスラブ状の壁だが左岸は上部が草付になっている。

草付まで登ってトラバース。
手にした草束が信頼できなくて冷や汗が出た。

難所を越えるとこの美しい眺めが迎えてくれた。
ビューポイントで写真の撮り合いっこをする。
明神滝を直登できた事で時間には余裕があり歩行はのんびりだ。

ミニゴルジュを越えると4m滝。
深い渕を囲む岩があごになっているのが印象的。

右手のあごの上は通り抜けられそうだ。
中田君が先頭で越えていく。
やはりヌメリがあり要注意。
また、途中バランスをとって中空を跨ぐところがあり冷やっとする。
最後の落口への登りも気を抜けなかった。

谷が左へ折れるところで若干の休憩をとる。
小さな釜が幾つかあって美しいところだ。
休憩場所の上にあった滝は右手の樹木を繋いで巻いて越える。

すると一旦沢は落ちつく。
立った壁はやや高さを減じた。
その壁の途中に魔岩窟のような洞があいていた。
自然のものだろうか、人工的なものだろうか。
気になるところだ。

明神洞滝群の最後を彩るのは8m斜瀑とそれに続く5m滝。
斜瀑は右スラブを簡単に登って越える。
5mは左バンドから。
滑りやすいので慎重に。
十三年前、下降時にこのバンドの上でロープを出そうとして
佐竹さんと中田君が続けざまに転倒し冷やっとした。
そんな事も思い出しながら通過して行った。

地形図上、ゲジゲジマークがなくなってきた辺りは美しい滑になる。
滑好きな僕はこういうところをピチャピチャ歩くのが楽しい。
藻が育って、結構な面積を覆っていた。

720m二俣を左に取るとゴーロ沢となる。
すでに高い壁の連なりはなくなり左右は樹木に覆われる。
先に見える山腹上部にはガードレールが見え、束の間の夢を醒まされる。

十三年前は時間が押して空荷で明神山直登沢を詰めにかかった。
しかし、ずりずりのガレ沢で手こずり山頂を踏む事がかなわなかった。
そのイメージが強く、今回はやや遠回りながら
1114ピークに突き上がる沢を詰める事にした。
が、目的の沢にたどり着くまでに予定外の10m大滝が出現した。
直登沢まで戻る事も含めてどうするか検討する。
直近の右ルンゼから直登できそうだが
上にも滝が覗いていてその様子がわからない。
左岸小尾根をYMさんが探るも難渋しそうだ。
で、結局、手前の左岸ガレルンぜを登り小尾根を乗っ越す。
乗っ越した先はなだらかな山腹で簡単に沢に復帰できた。
ホッとため息が出た。

目的の沢は水量が少なく比較的安定した様子だ。
時折巨岩が行く手を塞ぐものの簡単に越せる。
直登沢よりよっぽど素性が良い。

進路を左へ取って行くと上部で滑が続くようになった。
良い滑だね、と言ったが二人からは賛同を得られなかった。
ヌメって滑りやすい岩肌に辟易していたようだ。

最後は若干の薮を漕いで詰め上がり稜線の踏み跡に出る。
左手に辿ると前方から何やら小さなざわめきが聞こえてきた。
耳を澄ませばどうやら山協の面々の声らしい。
コールを掛けてみると返ってきた。
向かう足取りが軽くなった。

山協の面々は休憩を終えて既に山頂から降りてくるところだった。
山頂ピーク下で出会うとしばしお互いの健闘を讃えながら歓談。
登ったルートを下る彼らに別れを告げピークに向かい最後のひと登り。

明神洞を登り明神山を踏む、という目標がようやく達成できた。
その事に満足して休憩を取る。
樹木に覆われたピークは広さはあるものの展望は得られない。
稜線に上がる前から霧雨が舞ってやや気温が低くなり休憩していると寒くなった。
腹ごしらえだけしてピークを後にした。

下り始めは低い枝に踏み跡が覆われてやや難渋。
しかしやがて明瞭なものとなり北西の鞍部に降りた。
鞍部からは明神谷へ下降。
上部の広々とした沢は樹林に覆われいい雰囲気だ。

途中から崩れやすいガレ沢となり慎重な下りとなる。
明神洞のような固い岩盤のところもあれば、こんなに崩れやすい山腹もある。
不思議な山域だ。

下部で谷が狭まってくると滝が幾つも出てきて気を抜けない。
登山靴での登頂、下山の記録があったのでなめていた。
こんなところ、どうやって登山靴で抜けたんだろう。

沢が広くなり、ようやく東河内谷に出てホッと一息。
明神洞から無事に周遊する事ができ思い通りの踏跡を描けて大満足。
神の領域への再訪。
この遡行はきっと記憶の中に深く残るものとなるだろう。

今回、この遡行を提案してリードをかってくれたYMさん、ありがとう。
中田君、過去を語り合える仲間がいた事でより味わい深い山行となりました。
ありがとう。
佐竹さん、あの時出来なかった、明神滝の直登と明神山への登頂。
すばらしい仲間を得て達成する事が出来ました。
でも、あの時の遡行の輝きは何時までもあせません。
ありがとうございました。

<ルート図>

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