大垣山岳協会

育成強化山行 錫杖岳 2020.08.02

錫杖岳

錫杖岳(2,168m) 丹生統司

  • 日程:2020年8月2日(日)晴れ
  • 参加者:L中田英、平木勤、伊藤正、後藤正、清水克、大谷早、小栗敦、藤野一、佐藤大、丹生統
  • 行程:5:20-錫杖沢出合6:55-岩小屋7:23-錫杖沢乗越9:50-山頂11:00

 錫杖岳は若い頃に幾度も通った思い入れのある山である。しかし前衛フェースの登攀のみで山頂に行ったことはなかった。60才を大分過ぎた6年ほど前にS前理事長達を誘いピッケルが埋められた狭い山頂を訪れた。そのS前理事長が先月7月4日に亡くなり個人的には彼を偲ぶ山行となった。

 中田リーダーの判断で前日の出発を1時間を早めたが正解だった。高山市から新穂高へ至る道はこの梅雨の長雨と飛騨を襲った集中豪雨の爪痕が生々しく各所で寸断されていた。

 昨日の天気予報では本日は曇りで有ったが早朝の奥飛騨温泉郷の空に雲はない。槍見の無料駐車場から北に早朝の槍ヶ岳がシルエットで浮かんでいる。育成強化と銘打った山行の出足はついていた。

 昔はつり橋が有ったのだが笠新道が出来てクリヤ谷道は使命を終えたのか。長雨で谷水は多く水しぶきを発して流れる音も大きく感じたが日頃奥美濃で慣れた渡渉であるこの程度なら問題なしだ。

 クリヤ谷沿いの道が西から北に向きを変えると対岸に錫杖岳の前衛フェースが衝立のように聳えて見える。必ず感嘆の声が出る。この岸壁に魅了されて通ったザイルパートナー達との日々が思い出された。

 懐かしい岩小屋から仰ぐ前衛フェース。左の白い壁をS前理事長とS49年に登ったがクラックに残された初登時のクサビは登攀意欲を失うほど古かった。二人とも不勉強であったが現在のように情報が多くない時代であった。初めての経験に相当ビビリS前理事長の墜落もあって登攀終了は暗くなった。安全地帯の烏帽子岩まで抜けるとその基部で抱擁した日が懐かしく思い出された。

 錫杖沢の乾いた石の上で周囲の岸壁群を見上げる、顔を上げる度に感嘆の声が出る。すると前衛フェースの左方カンテを登るクライマーを誰かが発見、岸壁の彼等を捉えるシャッター音が谷間に響いた。

 更に沢を詰めると水は糸を引いたように細くなった。周りの草丈は低くなりニッコウキスゲやギボウシ、シモツケソウ等の花が苦しい登高で折れそうな気持を癒してくれた。

 山頂への稜線が近くなると前衛フェースが低くなった。左上が烏帽子岩である。蒲田川を挟んだ西穂高の山頂を雲が隠している。その左が奥穂高、白出し沢に雪渓が見えてコルから涸沢岳、北穂高、大キレット、南岳である。中岳は前衛フェースの高みより僅かに覗いて見える。槍は烏帽子が邪魔して見えない。

 錫杖沢を乗越して大木場ノ辻とのコルに出た。長い梅雨で錫杖岳への道はクマイササが繁って足元を隠していた。山頂へは急な凹角登りや木の枝を潜ったり跨いだりを幾度もさせられる。

 山頂手前の岩峰。稜線のルートは概ね西の笠谷側の樹間を縫っているが唯一此処は岸壁基部を斜上する岩場で下部に樹木がない。ホールドとスタンスは豊富だが下部がガレた岩で高度感がある。岩登り訓練の成果を披露する好機である。この経験が次の山のステップになるはずだ。

 山頂に到着。その北の岩の割れ目にピッケルがセメントで固定されている。6年前は女性陣が此処で万歳のポーズを決めたが、今回はIさん、SDさん等若手が記念写真を撮っていた。

 山頂は細い岩稜の高みである。10人が揃って集合写真を撮るほどの広さはない。思い思いに安全な箇所を選んで昼食時間を過ごした。S前理事長が居たなら危なっかしい岩の先端を見つけて腰を下ろしたに違いない。それを咎めるのも私の役目で有った。

山頂では万歳も出来ず全員で写真も撮れなかった。せめて下山時にと登山口で記念の写真を撮った。

 久方ぶりのハードな山行に明日,明後日は筋肉痛を発症しそうで骨の節々も痛みそうである。長い梅雨でほとんどのメンバーは運動不足を実感していた。私にとってはS前理事長との長い登山人生のザイルを解く山行となった。コロナに注意は必要だが梅雨も明けた、それぞれの山登りを再開してほしい。完

地理院地図

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