大垣山岳協会

錫杖岳 2020.08.02

錫杖岳

月報「わっぱ」 2020年9月(No.466)

【 育成強化山行 】 錫杖岳 ( 2168m △なし ) 平木 勤

  • 日程:2020年8月1日(土) ~ 2日(日)
  • 参加者:L.中田英、伊藤正、大谷早、小栗敦、後藤正、佐藤大、清水克、丹生統、平木勤、藤野一
  • 行程:
    • 8月1日(土)三城交番裏駐車場14:00=槍見無料駐車場17:30(泊)
    • 8月2日(日)泊地5:10-登山口5:20-錫杖谷出合6:50-錫杖岳稜線鞍部9:50-錫杖岳11:00~11:30-錫杖谷出合15:50-槍見無料駐車場17:40=大垣
  • 地理院地図 2.5万図:笠ヶ岳(高山7-3)

 まるで魔界の宮殿を守る城壁のように天空に向かって聳える巨大な岩塊群。その城壁を陥れようと挑むクライマーは後を絶たない。今日もそんなクライマー達のコールが紺碧の空にこだまする。ここは岩の殿堂、錫杖岳。しかし、その姿に魅了されるのはクライマーだけではない。ここに登ってみたいという登山者もまた数えきれない。だが、誰もがここを訪れられる訳ではない。選ばれし者だけの領域なのだ。幸いなるかな、先人の思いが積み重なりできた踏み跡は、今日、かろうじて僕達をも山頂へ導いてくれる。

 前日の新穂高への道中、長梅雨に襲った豪雨の傷跡がそこかしこに残る。修復作業が急ピッチに進められているが、新型コロナウィルスの影響ともども、観光への影響は計り知れないだろう。山客も少ないだろうか。

 前泊して迎えた早朝の空は満点の星屑が輝いていた。やがて夜が白むと青空が広がる。思いのほかの好天下で山行が楽しめる事になりそうだ。晴々とした顔で意気揚々と出発する。登山口脇の駐車場はこういうご時世にかかわらず満車だった。登山口にはコロナウィルスに対する注意書きが立ててあった。

 登山道は静かな広葉樹林の中をゆっくりと右上していき、やがてクリヤ谷の右岸に到達する。そこからは水平道となり渡渉地点へ向かう。途中、穴滝が豪快な瀑音を轟かせていた。この辺りは錫杖岳の厳しさとは無縁の癒し系の歩きが楽しめる。

 梅雨明けから間もない事もあり、増水気味の渡渉はやや緊張感をともなう。だが全員、上手く渡って胸を撫で下ろした。左岸の登山道はやや高巻き気味に谷沿いを進む。ブナ林が良くなると前方に岩壁が望まれる。奥美濃好きにとっては夜叉壁を彷彿とさせるところだ。もちろん、スケールは全く違う。

 谷筋が右に曲がった所で錫杖岳の前衛フェースが見えてきた。青空に突き抜けるような巨大な岩肌は圧倒的だ。若かりし頃、ここで青春を謳歌した丹生理事長は懐かしみを込めてその岩のありようを話していた。錫杖谷の出合に至り、クリヤ谷を慎重に渡渉する。

 ここからがいよいよ本番となり気が引き締まる。丹生理事長や故佐竹前理事長がクライミングに訪れて寝泊まりしたという岩屋までは錫杖谷左岸の踏み跡を辿る。ここでさえ気を抜くと大怪我をしそうなところだ。慎重に登っていく。

 岩屋では丹生理事長が懐かしそうにその岩肌を眺めていた。ここに打ってあるボルトは理事長達が活躍した当時そのままだそうだ。ここからの望める前衛フェースは今ルートで一番の眺めだろう。覆い被さるような迫力に皆、しばし見とれる。

岩屋付近から望む錫杖岳前衛フェース

 岩屋以降は沢づたいの登高となる。沢登りと言っても過言ではない。その上、今日は水流が何時までも尽きず更に難しさを増している。沢に慣れているものには楽しい登りだが初心者には緊張が続き疲労も溜まりやすい。比例して歩行速度も鈍る。

 明瞭な二俣を右手に取ると、大きな一枚岩を流れる滝が現われた。左側に付けられた踏み跡を慎重に登っていく。下りではここでロープを出した。

 厳しい場面が続くが視界は良好だ。振り返れば、穂高連峰の稜線が語りかけ、足下を見ればギボシやニッコウキスゲなどの花々が微笑んでくれる。また、岩壁には今まさに登らんとするクライマーの姿があり、我々を魅了する。

 岩塊が屹立する下を急登に継ぐ急登で、喘ぐように登っていく。沢筋が細くなると笹の中の踏み跡を辿り左へトラバース。途中から頼りの踏み跡も不明瞭になりベテランの勘頼りに進むと鞍部へ登り詰める沢筋に辿り着く事ができた。後は笹を分けて急登、鞍部に無事到着した。

 鞍部にはここ数年の荒天のせいか、倒木が目立つ。また笹が茂り、頼りの踏み跡を覆い隠して不安にさせる。しかし、よく見れば目印が確認でき、それを追っていくと次第に明瞭な踏み跡となった。踏み跡は明瞭に違いないが、枝や根っ子を掴んでの喘登続きだ。樹間から垣間見える前方の絶壁は、本当にあんな所を登っていけるのかと思わせる。しかし、先人達のつけた道は絶妙な巻きやトラバースを交えながら上手く導いてくれる。

 稜線の最大の難場は終盤の垂壁下の露岩トラバースだ。遠目にはとても通れそうにない。が近づけば手掛りがしっかりしている。ただし、高度感がある。リーダーから「3点確保で注意して登るように」との指示が出た。低くくねって延びる木々のトンネルをかい潜るように進むとポッと開けた所に出た。そこが山頂だった。

 そこには魔界の宮殿どころか天国の風景が広がっていた・・、はずだったが、残念ながら笠ケ岳を初めとした名峰は頭を雲の下に隠してしまっていた。それでも怪峰・錫杖岳からの眺めは最高だ。ついにやった、という思いが全員を包む。

 何人かはよく画像でも見る有名な岩に打ち込まれたピッケルを入れての記念写真を熱心に撮っていた。また、何人かは景色を見ながらの山談義。狭いながらもそれぞれに場所を確保して腰を下ろし休憩。眼前に広がる風景に登頂の喜びがこみ上げ登りの苦しさも忘れて笑顔がこぼれる。

 登りで体力を使った後の下山は難しい。遭難事故の多くは下りで起こる。特に厳しいルートの続く今回の山行では尚更の注意が必要だ。登りよりも慎重に進み、その結果、下山時間が長くなった。しかし、皆、達成感に包まれた下山となったのは言うまでもない。

追記:
 今回、終盤の露岩トラバース直前の笹の斜面で滑落事故が発生しました。幸い大事には至らず軽傷ですみ、山行を続けられました。しかし、一歩間違えば取り返しのつかない事態になったと思われます。
 当事者に聞くと、バランスを取るために手をかけた岩がスポッと抜けたのを支えきれずそのまま岩と共に落ちたようです。その岩が腹部に載ったため怪我の具合が危ぶまれましたが、下が笹だった事、斜度が比較的緩かった事、ある程度の所で岩が身体から離れた事などの状況が良かったのか大きな損傷はなかったようです。

 当事者は、登高途中から足が痙攣していました。ただでさえ厳しいルートなので疲れが溜まって集中力も鈍っていたと思われます。また、事故後、当事者のザックを持った人からは「荷物が重い」という声が幾つか聞かれました。これが当事者の負担を増幅させていたのかもしれません。しかし、当事者にとっては普段とかわらない重さと感じていたようです。 今回の事故を教訓として
 ①安易に岩などに手をかけ力を加えないようにしましょう。どうしてもかける場合は岩が動かない事を十分確認しましょう。
 ②荷物の過多は登高に大きく影響します。今一度、持っていくべき荷物を検討し、できるだけ軽量化したいものです。パーティ山行では個人で持っていかなくても他に持っているメンバーがいればこと足りるものが多々あります。お互いに補いながら快適な歩行をしましょう。
 ③今回の山行では、暑くなる予報だったので持っていく水分が多めになり重量が増したと思われます。普段から自分に必要な水分摂取量を把握するとともに、水場を織り込んだ水分の取り方を計画し、持っていく量をできるだけ少なくできるように心がけましょう。
 ④山行に適した体力を普段から養うようにしましょう。

<ルート図>

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