【 週日山行 】 ホノケ山 ( 736.73m Ⅱ等△ 点名・戸谷 ) 福井県南越前町菅谷 NT
当会10月の週日山行は18日(水曜日)AMリーダーの下、福井県南越前町のホノケ山で行われた。ホノケ山の名付けは、その昔、都や府中(武生)での危急を知らせる「狼煙台」が有ったことに由来し「火の気」が転じて「ホノケ」になったとか・・・
- 日程:2023年10月18日(水) 快晴
- 参加者:L.AM、 IY、 OS、OC、KM、NT、FT、FM、HY、MK
- 行程:第2登山口9:02-瓜生野分岐9:32-菅谷峠10:44-ホノケ山頂11:28~12:29-第2登山口14:28
- 地理院地図 2.5万図:今庄
当日は福井在住会員のO女史と国道305号脇の第1登山口で合流、第2登山口へ2台車を上げて出発した。山頂まで標準タイム100分と書かれているが今日の参加者の最高齢は88歳、平均年齢は78.1歳どうなるか?
尾根の樹間から目指すホノケ山が見えた。少しずつ色付き始めており秋山を少し感じた。
標高400m辺りではクリ、ネジキ、リョウブ、シャラ(ナツツバキ)、ハウチワカエデ等の落葉樹が尾根を覆っていた。低木常緑樹のユズリハやヤブツバキ、ヒサカキも多かった。幹に樹木名が記されたプレートが括られており勉強になった。
奈良時代から塩の道として使用されていたという古道は整備されており歩きやすい。敦賀比田地区で製塩された塩は山中峠、菅谷峠を越え瓜生野を経て府中(武生)へ運ばれていたそうである。「まぼろしの北陸道」との説明書き看板が残されていた。
今日は福井在住のO女史と今冬の日野山以来の再会でトーンが上がり放しである。来月には福井の「姥ヶ岳」が計画されており参加していただければ盛り上がるだろう。
「切り通し」と書かれた説明書きが有ったが戦略や防御の為に人為で削り取られたものではない。長い年月の人馬の通行で削られたとあった。深さ6mにも達する所も有るという。
切り通しを過ぎると斜面に目を引く大きな幹のブナが現れて来た。中には虚になった老木や幹肌が荒れてコブコブの古木も有って度々立ち止まり観察した。
台風によると思われるブナの倒木である。普通は斜面から下に向かって倒れると思うのだが上に向かい倒れている。斜面下からよほどの強風で煽られたのだろうか。
これを登り切れば標高592mの台地、足谷山との分岐である。足谷山には反射板が見えて北東へ向かって踏み跡が続いていた。また此処には一向一揆に敗れた佐々布光林坊が敦賀へ逃れる途中で自刃したとの説明書きと墓跡が有った。
標高592mの台地から南に下った所が菅谷峠で奥野々から延びて来た林道と出会った。峠には東屋が有って日野山と白山、別山、部子山の展望所となっていた。
峠から直ぐに階段が現れて戸惑った。地形図を見ればホノケ山西の山頂下山腹を通り高頭山方向へ至る林道を700mほど歩くと急な尾根に波線が記載されておりこれを辿って山頂へ行くと思っていた。しかし、峠から南の山頂へ直接至る尾根に道が拓かれていた。この道は地形図に記載がなく理解するのに手間取って列から遅れてしまった。
階段を登り終えると尾根は傾斜が落ちてブナの美林が続いていた。梢からは木漏れ日が針葉樹の人工林では感じられない柔らかさで林床を照らしていた。
北から北東への斜面が拓かれており武生から鯖江に至る市街が一望出来て日野山が正面にデーンと存在感抜群である。背後に霞んで白山と別山が際立つ高さで目を引いた。
何やら先頭を行くAリーダーの先が明るい、山頂の切り開きだろうか?まだ辺りはブナの高木が林立しており山頂の雰囲気ではないのだが。
登山口には100分と記されていたが146分を費やしてブナの高木に囲まれた山頂到着、46分超過したが高齢者集団こんなもんじゃろー。山頂広場には木製ベンチが設置されており先着者が3名いた。中央に点名・戸谷、Ⅱ等△標石柱が4個の保護石に守られていた。
西南の方向に敦賀湾が見えて濃い青の海原と塩路の白い帯が絡んで田園風景のようだ。しばし眺めてああだ、こうだと持論を展開し盛り上がった。北東の方向も展望が確保されていたが斜面の木々が成長し背伸びして部子山や白山を眺めた。方位盤には東に冠山と金草岳の馴染みの奥美濃の山が記されていたが肩車をしてもらっても確認出来ないと思われた。
10月も半ばを過ぎておりブナの木陰は小寒かった。木漏れ日を捜しその下で車座になってランチタイムを過ごした。久方ぶりに会ったO女史の手作りに皆で舌鼓を打った。
恒例の登頂万歳三唱の発声は前日の17日に88歳の誕生日を迎えたI氏にお願いした。氏は来月計画されている夕森山で美濃百山B級が完登予定である。100才まで現役を続けていただきたい。まだまだ尻の青い70代の我々が追っかける目標である。
今回のホノケ山は福井在住のO女史の参加が花を添えた。当会には他に静岡、愛知、三重、滋賀県にも会員が在住している。会報「わっぱ」を毎月発行郵送して音信を絶やすことはない。県外からの会員応募も歓迎している。「ハイキングからヒマラヤまで」をモットーに26歳から88歳まで幅広い年齢層が活動している。一緒に四季の山を歩こう。完
コメント