大垣山岳協会

栗ヶ岳 2014.04.06

栗ヶ岳

月報「わっぱ」 2014年5月(No.390)

【 一般山行 】 栗ヶ岳 ( 1728.5m Ⅲ△ ) 後藤 友子

  • 日程:2014年4月6日(日)
  • 参加者:L.後藤友、SL.古林定、佐竹良、丹生統、小倉幹、竹森せ、杉本眞、中田英、平木勤、後藤正、林旬子、藤森ふ
  • 行程:大垣4:30=岐南町役場5:00=東海北陸道飛騨清見IC=林道ゲート7:00-森茂峠8:30-前衛峰1614m11:30-栗ヶ岳12:10-森茂峠15:10-林道ゲート16:15=大垣18:30
  • 地理院地図 2.5万図:平瀬・猪臥山

 秘境天生山系の登山道のない栗ヶ岳に登る計画を立ててから、悪天候で3度中止になり今回4度目、4年目の挑戦である。この山に強く惹かれたのは私の尊敬する故酒井昭市先生の「飛騨の山山 ヤブ山編」がきっかけだ。特に先生が、下小鳥ダムが出来る前に、廃村となった旧河合村の横谷集落から、籾糠山(1744m)に登り猿ヶ馬場山(1875m)をピストンし、御前岳、栗ヶ岳と縦走して横谷に戻るコースを日帰りしたという山行記録に感銘した。縦走は無理でもひとつずつ登ろうと決めた。籾糠と猿ヶ馬場は早速登り、御前岳は5年前に当会で計画をして、白弓スキー場からピストンで成功。そして栗ヶ岳だけが残った。

 当日は午後から真冬並みの寒さという気象予報。吹雪も予想されるので、ペナント100本、篠竹の軽いポール20本を用意した。飛騨清見IC先の森茂林道のゲートは閉鎖中で森茂峠まで歩いた。予想に反して天気がよく汗だく。峠の手前で尾根に取り付く。一番送電鉄塔で輪かんを付ける。

 三番鉄塔のある下畑洞(Ⅲ等三角点)で尾根合流。左折して、ここから尾根を西に向かう。雪が降り出したが、順調にアップダウンを繰り返し進んだ。ところが、1456m峰手前のピークに上がった所で赤いペンキマークにつられ南に進み出した。しかし地図の読める人が多く、すぐに北西への尾根に修正できた。他人の赤ペンキなどを鵜呑みにする危険性を知らされた。

 一帯は素晴らしいブナの森が続く。1614m前衛峰に着くと初めて目指す栗ヶ岳が姿を現した。まだ遠い。風と雪が絶えることなく、視界も悪くなった(写真は頂上直下で)。引き帰すなら今だと思うが誰も言わない。15m間隔でペナントを付け木のない所にはポールを立てて進み頂上到着。メンバーのみんなは握手や抱擁。私は涙が止まらなかった。

頂上直下で

 万歳三唱の後、下山し始めるとさらに吹雪が強くなり10分前の私達の足跡が消えていた。ペナント、ポールを頼りになんとか前衛峰を超えて風の弱い地点に戻れた。ここで丹生さんから、吹雪の時は隊列が離れてはいけない、最後の人はペナントの回収があるので遅れるが先頭は最後の人を見ながら歩こうとの注意があった。先頭の私達は足跡が消えホワイトアウトの状態なので、ペナントを見つけるのに必死で後ろの人達を思う余裕がなかった。

 1500mあたりで遅い食事を取り、元気を取り戻し、アップダウンを繰り返し森茂峠に下りた。そこに祠に入った小さなお地蔵様があった。昭和40年台まで、ここから森茂川沿いに西に下った所に森茂集落があり、峠を越える時はいつもお地蔵様に手を合わせたそうだ。私達も手を合わせてから長い林道をショートカットしながらゲートに着いた。9時間を超える山行だった。今日の参加者は全員がリーダーだった。激謝!

<ルート図>

ルート図

コメント