大垣山岳協会

海抜0mからの周回・姫越山 2026.01.18

姫越山

【一般山行】姫越山(502.6m、点名姫坂越Ⅱ等△) 三重県度合郡大紀町 NT

 標高500mの山なれど登山口から200mの急登は辛かったが潮風を受けての尾根歩きは心地良かった。急斜面の九十九折道や一部のトラバース道は地形図の記載と異なっており整備の行き届いた道ゆえの安心感から想定ルートを外して歩いていたことを帰宅後に気付いた。読図力の浅さに気付かされ山登りの奥深さを改めて知った。それでも海抜0mからの周回と波打ち際で熊野灘を眺めての砂浜ランチタイムは最高で心に残る山行となった。

<ルート図>
  • 日程:2026年1月18日(日)  天候:晴れ
  • 参加者:L.ST、IG、IK、OS、GY、TS、NT、FI、MY、MT、MM
  • 行程:日の出公園6:37-姫越山登山口6:42-展望台7:21-姫越山8:24-唐人殺峠9:15-芦浜10:31~11:30-姫越分岐11:59-浅間神社13:07-日の出公園 13:27
  • 地理院地図2.5万図:錦(伊勢11-2)

 昭和19年熊野灘を震源とする東南海地震で錦地区は16,5mの津波に襲われ447戸が全壊64名が犠牲となった。姫越山登山口は鉄階段の避難路となって海抜30mまで続いていた。

標高200m辺りまで急登が続き辛かったが南側目前の樹々が急に途切れると熊野灘が一望出来た。本日も数日来の黄砂で霞んでいたが素晴らしい景色に少しは疲れが和らいだ。

標高211mの峰を過ぎると尾根の下10mほどに道がつけられていた。やがて道は459m峰(前姫越山)の西側を高度で50mも下でトラバースして地形図記載の道と離れていった。

「爺ヶ塚」である。伝説では平家ゆかりの姫君に仕える老臣が息も絶え絶えの姫の喉を潤す為に谷水を汲んで戻って来ると既に息絶えており自らも此処で自害したそうだ。

美人薄命、あえなく此処で息絶え眠る姫の「塚」である。都落ちした姫と老臣は捲土重来を期して「黄金千両」をこの山の「ツツジ」の根元に埋めた「黄金伝説」が麓の集落に現代も語り継がれている。

常緑樹の多い山でウバメガシやヤマモモの木が多く斜面を埋めた落ち葉に足を取られて滑り歩き辛かった。岩が露出して来ると尾根が細くなり透けた先の高みが山頂を予感させた。

山頂着(点名・姫坂越Ⅱ等△)常緑樹に囲まれた山頂の眺望は今一だった。黄砂の影響も有ったかもしれないが南の熊野灘方面は霞んでいた。

この日はリーダー手作りの「ケーキ」が振舞われメンバー全員が御相伴に預かった。勿論「大変美味しかった」ホッペが落ちる瞬間を待って狙ったが・・・

10分ほどの休憩を終えると「唐人殺し峠」を目指して東進した。物騒な名であるが峠へ行けば、いわれなどの説明書きが有ると期待していた。

峠には期待した説明書き等の看板はなかった。唐人(中国人)と言う呼び名は江戸時代によく用いられたそうで、その頃に名付けられた峠名だろうと推察した。

峠からは急斜面につけられた長い九十九折の道となっていた。地形図記載破線の道は尾根に忠実に真っ直ぐ記載されていたが実際の道は九十九折に尾根からかなり離れて造られていた。また地形図に記載のない脇道も幾つか有って実態と違っていた。

長い九十九折の道からビーチへ降り立った。20代前半に山へのめり込み大概の辛酸や経験を積んで来たが登山靴でビーチを歩くのは初めてだ。

芦浜へ下りるとランチの適地を求めてビーチを500mほど歩いた。靴が埋もれて山道を歩くようには行かなかった。浜の小石は波で磨かれ碁石のようにツルツルで綺麗だった。

陽だまりの中で腰を降ろし熊野灘を眺めてランチタイムを過ごした。冬の海とは思えぬほどのどかで暖かい浜辺で有った。残念だが周辺にペットボトルが結構な数打ち上げられて景観を損ねていた。文字を確認するとC国、K国語が多く日本語がなくて少し安堵した。

ビーチで1時間のランチタイムの後、南の123m峰に向かって再度山登りとなった。地形図に道の記載がない尾根道だが当初から計画ルートである。踏み跡程度の道だが奥美濃のヤブ山に慣れた当会のメンバーであり全く問題なかった。高みには水準点が有った。

標高130mの峠で芦浜からの登って来る道を確認し、次に標高180mで姫越山へ向かう分岐を地形図で確認した。此れより先、リーダーの計画書ルートは地形図には登山道の記載が無く要注意と思っていた。ためらいなく整備の行き届いたトラバース道へ進入したが地形図に記載された2ツの道の下段の登山道へ進入したと疑わずに思いこんでいた。

帰宅後に今日のルートをGPSで確認していてビックリ、当初リーダーが計画していた国土地理院地形図に記載のないルートを綺麗になぞって歩いていた。地形図を拡大して確認すれば下段ルートは分岐から50mほど下った所からトラバースが始まり最後も登り返しが有る。何とお粗末な読図で恥ずかしい、途中の地形が地図と合わず錦中学校分岐までの時間が全く合わなかったはずだ。歩行中に確認した高度計が標高200m付近を示していたがそこで気付くべきだった。ただ今でも、地形図に記載の二本の道は廃道なのか?疑問は残る。

トラバース道の凹みに地蔵が祀られていた。どうしてこの道が地形図に記載がないのか?

錦中学校へ下る分岐を確認した。石階段が南へ向けて一直線に下りていた。地形図に中学校の記号が無いので既に廃校になっていると思われた。

避難階段最高所が浅間神社で地区の災害避難所となっていた。この階段を下り終えるとこの周回もほぼ終わりだ。Sリーダーがメンバーを慰労する姿が登山口に有った。

錦漁港の防波堤を左に見て今朝出発した日の出公園を目指し集落の道を歩いた。向かう正面に今朝方ヘロヘロになって登った尾根と姫越山山頂が聳えている。姫越山は朝一番に陽を受けて一番遅くまで陽を浴び続け輝く錦漁港のシンボルと聞いたがなるほどと頷いた。

高々500mの山でも楽しめる山は有るものだ。老いてなお益々山登りの深みに嵌っていく、今年も新しい仲間を迎えて山の魅力を伝えていきたい。完

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