大垣山岳協会

恵那・秋葉山 古道巡り周回記 2022.01.08

秋葉山

【 個人山行 】 秋葉山 ( 787m Ⅲ△ ) 鈴木 正昭

  • 日程:2022年1月8日(土)
  • 参加者:鈴木正(単独)
  • 行程:自宅6:10⇒国道19号⇒恵那市武並⇒国道418号⇒武並橋⇒県道412号⇒8:10自主バス栃久保バス停横駐車地(標高約340m・恵那市笠置町河合)
    出発8:20→栃久保地区墓地→8;35古道入口→9:35点名笹畑(593mⅣ△)→9:45飯地キャンプ村→尾根取り付き→10:00登山道合流→10:25秋葉山山頂10:55→11:35谷コース古道出合→12:45水田農道出合→1:25中学校前→県道412号→2:15駐車地
  • 地理院地図 2.5万図:武並

 近年何度も恵那市飯地高原の沢や山や里を歩いた。今回はその飯地高原の東端にある秋葉山に登った。木曽川に掛かる武並橋のたもとで対岸の正面にそびえる秋葉山のでかい山体が朝焼けにそまる姿を拝察(写真①=中央一番高い所)。どこを登るかさっぱりつかめない大きさを感じた。橋を渡り飯地高原に延びる県道を進み、自主バスの栃久保停留所脇に駐車。青空が広がり、気温は-6度ほど。心配した積雪は見当たらない。

写真① 秋葉山( 中央一番高い所 )

 地理院地図にここから歩道の破線が上がっている。きっと秋葉山への古道の登山口だろう。県道の上に立派な墓石が並ぶ墓地があった。その奥に回るが看板類はいっさいなし。広い踏み跡に入ると馬頭観音さまの石像があり(写真②)、さらに大岩を祭った古びた鳥居。道は瓦礫にまみれ荒れ放題だが、飯地の集落へ向かう栃久保古道に違いない。細いヒノキが密集した人工林。そして人の通らぬ消えかけた道。70年前まで、笠置町河合と飯地高原を結ぶ唯一の道として人と牛馬が行き交った古道河合坂とその支線古道栃久保道。尊い歴史遺産だが、完全消失も間近のようである。

写真② 馬頭観音さまの石像

 尾根が広がり前方に立派な家と舗装路が現れた。開放的な光景がまばゆい。飯地笹畑の集落である。道端に4等三角点笹畑がコンクリート盤に埋め込んであった。この脇に「古道河合坂」の看板。

秋葉山頂手前の岩の上から恵那山遠望。ここが唯一の眺望地だった。

 この古道は笠置町河合の中心部から木曽川右岸の山すそを通り、途中で栃久保道と合流するのだが、私は合流に気づかなかった。

 すぐ北に広がる飯地テント村。大勢の若い人が行き交い挨拶を交わす。草原の中を進み、小さな尾根を登り始める。秋葉山への入口だが道標はない。再び暗いヒノキ林内。やがて、広い登山道に出た。薄っすら積雪のある道に登山者の足跡が幾つもある。山頂らしくない平坦な林内に秋葉山の鳥居があった。小ぶりな秋葉神社の看板には「明治3年、藩知事青山友禄の命により飯地村内に祭ってあるすべての神様を太田神社に集めた。(明治4年の廃仏毀釈)やがてもとの位置に分祀することになり帰ってきた」の説明があった。(写真④=祠の前で)美濃の低山に登っていると、150年前の歴史のゆがみの現場にしばしば遭遇する。当時の庶民信仰への暴政の生々しさを感じるひと時。神社に手を合わせて、北に向けて歩道を進む。積雪は5㎝ほど。人の靴跡は皆無で動物たちの足跡の上を歩く。

写真④

 すべて樹齢40年ほどのヒノキの人工林内。眺望がまったくないのが残念である。かつては、この尾根道から東側に木曽川の流れの上方に恵那山や中央アルプスの山嶺が一望できたのであろう。眺望をふさぎ、登山者のコース探しを目隠しする樹林の過剰繁茂には辟易するが、ではどんどん伐採すればよいという訳ではない。近年、世界的な論議の的となっている地球温暖化現象とつながる側面を持っているのだ。日本は国土の67%が森林を占める森の王国である。戦後の拡大造林により生じたヒノキ、スギなどの膨大な人工林。その下を秋葉山から北上し、間もなく登山道から分かれて鉄塔巡視路を下り谷沿いの舗装林道を下り始める。辺りは鬱蒼としたヒノキ林。間伐の形跡もなく、倒木や乱雑な低層小木が入り混じる。それでも、樹木たちは光合成の過程で温暖化をもたらす大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収し炭水化物に固定し、酸素を排出してくれる。

 アフリカや東南アジアでは近年、広大な熱帯雨林が伐採され農地化された。膨大な量のCO2の吸収が失われた。一方で日本の樹林は質の低下はあろうが、伐採消失は免れている。海外輸入材激増により国産材の材価が低いままなので、伐採商品化はほんのわずか。おかげで山林の蓄積量は増える一方で2002年から2018年の間で約30%増加した。面積は変わらないのに。それだけ、CO2の増加を食い止めていると言える。なんとも奇妙な構図だ。その低CO2で酸素あふれる人工林内の古道を軽快に下る(写真⑤)。林道は舗装路から土むきだしの林道に変わってから一時方向を誤ったが、気づいて沢筋のガレ道に降りた。やがて、枯葉で埋もれた幅広の踏み跡や石垣跡のある小尾根筋の道もあった。昔の人々の生活路の跡があちこちに見られた。スギ林の中の道を急降下すると、谷筋の水田棚田の最上部に出た。

写真⑤

 河合地区の中心である中切地区の最上部のようだ。田んぼ脇に座って、遅めの昼休みをとっていると樹林消失と温暖化の問題が頭に再来する。世界の森林と海洋が吸収するCO2量は年に180億㌧。だが最近読んだ学者のネット解説文を読むと、樹林や田畑など植物はCO2を固定吸収するが、一方で樹林や農地、草地などを覆うすべての土壌から逆に大量のCO2を大気に放出しているという。一説には年3600億㌧、途方もない量である。その一つの原因は植物の根の呼吸(根呼吸)に伴う排出、もう一つは土壌中微生物が有機物(枯葉や倒木)を分解する際の排出だという。比較的新しい学説であり、立証のための本格的な実験実地調査は今後の課題のようである。

 田んぼ脇から下り木曽川畔の県道を歩き出す。県道わきの恵那北中学のグラウンドではテニスやバレーボールをする生徒たちの歓声が聞こえた。彼らの未来のためにも、地球温暖化対策は急がねばならない。日本政府は2050年までにCO2を主とする温室効果ガスをゼロとする目標を掲げている。だが、その対象に前記の土壌排出が含まれているのか不明である。肝心かなめの温室効果ガスの総排出量や排出元さえ雲をつかむような現状。これで温暖化危機なき未来は開けるのか。子供たちの未来がかわいそうだ。

 道路歩き1時間半。地球温暖化ならぬ頭脳混乱化のうちに、栃久保自主バス停に着いた。

<ルート図>

発信:01/13

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