岐阜・板取の主峰とも言える蕪山は山体がでかいので、それだけ見るべき識るべきものも多面にわたる。そう期待して、一般登山道のある西側とは反対側の岩本洞上部から尾根筋をたどって、わずかな雪を付けた山頂に達した。尾根筋にブナやナラの若齢・壮齢樹が威勢良く林立する一方、下部のスギ、ヒノキの人工林では強風で倒れた壮齢樹が数多く根こそぎ横たわる。この樹林の二相を見て将来の自然危機を予感できそうだ。
【 個人山行 】 蕪山 ( 1068m Ⅱ△ ) 鈴木 正昭
- 日程:2021年3月3日(水)
- 参加者:単独
- 行程:自宅5:35⇒中央道・東海環状道⇒美濃IC⇒国道256号⇒県道81号⇒国道256号⇒板取小学校裏⇒岩本洞林道⇒7:30アシ谷作業道入り口駐車地(関市板取 標高約450m)
駐車地7:50→作業道→8:15尾根取付き→8:45・638m点→10:30頂上部登山道出合→10:40蕪山山頂11:25→12:05標高900m南下点→1:15作業道出合→1:25駐車地 - 地理院地図 2.5万図:上ヶ瀬
私は99年7月に21世紀の森公園からの一般登山道を登り下山では奧牧谷筋を下るコースを歩いた。今回は道のない尾根通しコースでしかも奥深い岩本洞林道を上がった位置から登る。雪中ハイクを期待して輪かんを持参したが、雪はどこにも見当たらない。輪かんは置いて、作業道を歩き始める。
高さ4mほどの泥むき出しの法面を苦労してよじ登り尾根の上にでる。早朝の強風はおさまり青空が広がるが、分厚いスギの人工林内なので眺望は効かない(写真①)。30分ほどすると、横倒しのスギの倒木群。どれも丸い泥の輪を地上に突き出している。結構な大木だが、西南からの強風にあおられて倒れたらしい。多くはスギで20本ほど数えた。
林内に届く日差しが少なく、低層樹ややぶが消えて歩きやすい。638mの標高点を過ぎると、人工林は消えて、落葉広葉樹に入れ替わる。とたんに明るくなり、ブナやミズナラやカエデ類の中程度の若木が白い木肌を輝かせてすっくと青空に立ち上がっている(写真②)。その姿に見とれた。木々たちがうきうき踊っているようでもある。なにか話し合っているのかもしれない。(注)
林内に明るさが増してアセビなどの常緑低層樹が現れるが苦になるほどではない。標高800mまでは枯葉敷きの登山道のような軽快な行程。下山時のために目印テープを要所に付けながら、北側に曲がる尾根筋の急斜面を上がる。850m辺りからブナやカエデの樹相はグンと細く小型化して密生するようになる(写真③)。その間をジグザグすり抜けるのに忙しくもあり楽しくもあった。木々は幼樹なのか、それとも寒冷、強風の悪条件で生長が抑制されたのだろうか。古い切り株跡がないか探したが見当たらない。皆伐後の二次林だとは思えない。
最後にかなりの急登。時折、枯葉が剥がれドロ斜面が現れ滑り安くなる。やがて、雪で覆われた平らな台地に上がると、左から上がってきた一般登山道に合流した。20cmほどの積雪。わずかだが靴跡が付いていた。右回りに曲がって、降りてきた女性の単独登山者とあいさつを交わした直後に山頂到達(写真④=滝波山を背に)。ワーッと驚きの声を出すとともに我が語彙の貧弱振りにも驚いた。絶景大眺望の真ん中に来たのに。
東から反時計回りで御岳、乗鞍、その手前にゴンニャク、大ゴンニャクの黒っぽい峰。さらに北アルプス連峰、鷲ヶ岳、白山連峰とすぐ手前の滝波山(写真⑤=右奧に白山)、平家岳、西側は手前の山嶺に隠れてよく見えないが、若丸山らしい巨大な山体が浮かんでいた。みな過去に足を運んだ峰々。親しみと言うより近寄りがたい神々しさだ。間もなく一般コースを上がってきた一宮市の男性としばし歓談。風を避け窪地で一休みして山頂を後にした。
登山は下山が難しい。特に尾根筋コースはミスが多い。1本通しの尾根を登る時、尾根の合流はあっても尾根の分岐はない。だからコースミスはまずない。だが、下山では下る尾根は一本でも、小さな尾根の分岐が幾つもある。樹木などで見通しが効かない地点では小尾根に誤進しやすい。それを避けるために、往路でこまめに目印を付けて登る。それでも今回、小さな誤進を侵した。すぐ方位確認して気づき修正できた。体調は良好で想定より早めに駐車地に着いた。
長い尾根筋歩きだったが、樹林が密で周りの眺望や見通しはまるで効かなかった。自ずと見える範囲の樹木や植生の様子に関心が集中する。山林の実相について地元板取に住む山野愛好グループのNMさんに伺った。
岩本洞一帯の山林はすべて地元住民の個人所有林でヒノキやスギの人工林。そろそろ伐期を迎える壮齢樹もあるが、外材に押されて市場で値がつかない情勢となった。売れても伐出作業員への昼飯代を出したら出材代金はなくなったとか。植林、間伐、作業道建設はほとんど公的補助金頼り。風倒木処理には補助金は出ないようで放置状態となる。独力で手入れや出材作業をする人はなくなった。いわゆる放置林問題は深刻で、「山だけが残っている」とみんな言っている、とNMさんは言う。
一方、人工林帯の上部のブナ、ナラ林帯は人との深刻な関わりはないようである。登山者にとって、夢のような自然の楽園と思うのだが、将来とも安泰なのか。急激な温暖化により、ブナの南限は北上の動きを見せている。生命の輝きと逞しさを教えてくれた蕪山上部のブナ林。永く生き残って欲しい。完
(注)樹木たちの知られざる生活 木の言葉 ペーター・ヴォールレーベン 早川書房文庫
発信:3/6
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