大垣山岳協会

奥深い山・笹ヶ峰 2020.09.19-20

笹ヶ峰

笹ヶ峰 1284.6m Ⅲ等△(中ツ又谷~ミト谷) 丹生統司

  • 日程:2020年9月19日(土) ~ 20日(日)
  • 参加者:L.丹生統、大谷早、佐藤大、清水克、中田英、平木勤

 笹ヶ峰は昭和47年頃に一度登っている。ウソ峠から赤谷を下降し支流のミト谷から山頂に立ち中ツ又へ周回した。今回の逆周回であるが日帰りで有った。年齢を考慮して一泊二日としウソ峠により近いミト谷を下降に使用した。困難な滝があった記憶はないが若い時のこと、せめて記録を残しておれば参考になったが。故高木泰夫先生に「登山は記録を書くまで終わっていない」と口酸っぱく言われたが老いて気付く日々が続いている。

<ルート図>

9月19日(土) 晴れ ウソ峠7:20-ミノグサ谷8:15-ミト谷10:30-中ツ又出合13:35-キャンプ地15:00

 秋の天候は女性に例えられるが週間予報が全く頼りにならない。今山行の晴天は前々日まで我慢と忍耐の神頼みが功を奏したと思っている。メンバーの強い念力が通じたのだ。

 ウソ峠に着くと軽自動車が1台停まっていた。心配は釣り師と谷中で鉢合わせをしないかである。6人も谷をジャブジャブ歩いたら釣れっこないからだ。

 ウソ峠から廃林道に入ったがいきなり背丈を越える草木と足元は泥田状態で一瞬ひるんだ。また草木は露を含んでいたので雨具を着けた。赤谷と呼ばれる所以か川床の石が赤く水が赤味を帯びたように見える。先行する足跡は途中で消えたので多分本流かアッチナマレタを釣り登っていると思われ気分が楽になった。これでトラブルはないだろう。

 このところ続いた降雨のせいで水量が多い。赤谷下流にはゴルジュ帯も多い、注意せねばと気を引き締めた。

降雨後で水量が多く下写真のようなよどみは腰まで浸かりながらも歩けたが・・

 中ツ又出合が直ぐ近くなったゴルジュ帯は流れが速く危険と判断し左岸へ逃げた。ところがトラバースが出来ず急斜面を上に追い上げられた。木の根を掴みモンキークライムで60mも高捲きさせられ大きなザックが負担で石楠花のジャングルに降参した。懸垂下降を一回して細尾根に降り立ち藪を分けて本谷へ復帰した。(下写真は平木撮影)

 中ツ又出合着が13時半と遅くなった。キャンプ地を出合にする案を示したが明日の行動への支障を考えて当初の予定地へ行くべきとなった。その予定地はキャンプ不適で更に上流の標高700mの台地にテントを張った。一夜の宿はブナに囲まれ、川床から一段高い安全な台地であった。余程の雨でもここまでは来ない。谷の両岸斜面は沢クルミ、トチ、ミズナラ、ブナの林が尾根上まで続きいかにも天然マイタケが有りそうな雰囲気の天場であった。

 その夜は清水シェフによる肉たっぷりで具沢山の豚汁とカレーライスをご馳走になった。焚火を囲んでのビールは美味しい、2本担いで来たがすぐに空なった。担ぐのは重いがやはり沢泊はビールが最高に美味しい。時間の経過を忘れて焚火を眺めた。

9月20日(日) 曇り後時々晴れ キャンプ地7:40-標高840m二俣9:00-笹ヶ峰12:35~13:00-ミト谷出合16:30-ウソ峠20:00

 6時半の出立予定が1時間遅れでブナに囲まれた台地を後にした。やはり年齢とともに動作が緩慢で若い時のような俊敏さが無くなっていた。朝の出立は反省が多い。支谷を左に見てやり過ごすと谷はすぐに狭くなって小滝が現れて来た。

 大きなブナが流木となって滝壺を覆っておりこれを利用して滝を越えた。流木は時に障害物だが深い淵や小滝に有れば有効なルートを提供してくれる。下降においては懸垂下降の支点にも有効だ。

 トップが小滝を越えていく、セカンドはトップの一挙手一投足を見逃さない。トップの動きを観察し自分の登りに備える、これが上達の秘訣である。

 滝を高捲きしたが降り口が岩壁となっており懸垂下降で谷床に復帰した。ゲレンデの岩登り講習会で訓練を積んでおれば本番でもたつくことはない。ただゲレンデとの違いは木枝等の障害物が有ることだ。

 一難去ってまた次の障害が、トップはメンバーの力量で捲くか登れるかの判断を瞬時に求められる。

 次々に現れる障害にこんなに小滝が沢山有ったのか、40数年前に訪れた若い日の記憶を辿るも全く思い出せない。水流が細くなり水温も下がって指が冷たく感じるようになった。谷筋に水が消えるのが近い証である。足場が苔で滑りやすく流木を利用して這い上がる。

 谷筋に水が消えると空滝となった。今年の秋は長雨で水はなくとも苔が発達しており油断ができない。これが最後の滝の予感がした。

 谷筋が消えるといよいよチシマザサのお出ましとなり高みを目指して藪漕ぎとなった。山頂の肩辺りに出たようで背丈を越える藪は先行する仲間の姿を5mも離れると直ぐに隠した。大きな声を掛け合い互いの位置を確認して高みの三角点を目指した。

 山頂が近くなり笹の丈が低くなると背後を振り返った。美濃又丸へ続く県境稜線に笹の海が山並みとなって続いていた。これが奥美濃、素晴らしい緑の景色にしばし見とれた。

 山頂は三角点周りが3mほど切り開かれている以外は山名板もなく樹木へのテープの巻き付けなど人の気配を感じさせるものは無かった。人工物は花崗岩の点名・長所Ⅲ等三角点だけで文字面は南向き、欠けもシミもカビもなく綺麗であった。広い山頂はリョウブやチシマザサの丈が高く眺望は利かなかった。

 山頂到達が遅かったので昼食休憩は30分とした。山頂に立ってしみじみ奥深い山の頂に居ることを実感した。ウソ峠到着は暗くなることを想定しランプを直ぐ出せるようにした。

 一旦県境稜線を北の鞍部まで下って確実に踏み間違いが起きないようにしてミト谷へ向け下降を開始した。これまで山頂から直接谷へ下降したつもりが尾根を跨ぎ損ねてヘマをした経験からより安全を期した。正面に釈迦嶺が見えており遠くに冠山も見えていた。

 ミト谷は上部で懸垂下降を一回強いられた。谷に支点がなく斜面をトラバースして谷ウツギの太めの幹に捨て縄を使用した。それより下の谷は斜面の崩壊が進み石や砂利で埋まっており下降はしやすかった。

 ミト谷出合到着は16時30分、赤谷本流に出た時はやれやれと思った。昨日峠からここまで3時間を要しており明るいうちにウソ峠に帰ることは不可能なことを悟った。

 途中で右岸に残された廃林道に上がり、ここからヘッドランプを点灯して歩いた。廃林道は動物や釣り師が利用しているらしくミノグサ谷まで続いていた。此処まで来れば峠は近い川床の石も小さくなって歩きやすくなった。

 ランプを点けて歩いていると若い頃を思い出す、あの頃の山行で夜駆けは普通であった。ふと元岐阜縣山岳連盟理事長で我が会に籍を置いた故酒井昭市氏の著書『飛騨の山々・ヤブ山編』巻末の一文を思い出した。「標高は低くても人の姿を見かけぬヤブ山歩きのプロセスの中にこそ登山本来の醍醐味がある」と説いていた。今日の笹ヶ峰はそんな一文にぴったりの山であった。先生は最後に「記録をとること、それはかけがえのない自分史」であると、私達の若い日に足りなかったことを「勿体無い」と指摘されていたのである。

 ウソ峠には20時に着いた。今日は休憩時間も入れると出発から12時間を超える労働であった。皆様重労働に絶えて帰って来た。そんな峠は風が抜けて秋を感じさせるほど寒かった。先日までの猛暑は何処へ行ったのか車中は暖房を入れて塚へ向かった。完

コメント