大垣山岳協会

11月例会山行報告 百里ヶ岳 2019.11.03

百里ヶ岳

【月例山行】 百里ヶ岳( 931.4m Ⅰ等△ )報告 丹生統司

  • 日程:2019年11月3日(日)晴れ
  • 参加者:L.堀義博 他19名
  • 行程:小入谷集落出発8:25-小入峠登山口8:40-シチグレ峠10:15-県境尾根ジャンクション10:25-百里ヶ岳山頂11:00~11:50-県境尾根ジャンクション12:15-根来坂峠12:50-小入谷集落14:15

 当会11月の月例山行は堀会長の下、19名の参加で福井、滋賀県境の百里ヶ岳で行われた。朝靄の小入谷集落から旧道を小入谷峠の登山口を目指した。

峠に登山ポストがあり投函、これより百里新道の登山道である。足元にイワカガミの群落、葉が大きい。

ブナ林の足元はうるさい下草がなく歩きやすい。今年の紅葉は今一つだが落ち葉を踏む跡が心地よい。

幾つかの小さなアップダウンを繰り返した。シチグレ峠を越えて50mの急登を終えると県境稜線に出た。

目指す百里ヶ岳が正面に見えた。北東方向には伊吹山が見えて琵琶湖の湖面は雲の絨毯を広げたようだ。

これを登り切れば百里ヶ岳山頂だ。下草が一本もない素晴らしいブナの林が斜面に広がっていた。

Ⅰ等三角点「木地山」 百里ヶ岳は百里が見渡せる意から名付けられたとか、生憎秋霞でそこまでは見えなかったが、日本海が薄い雲をたなびかせたように見えた。昼食休憩は和気あいあいと小一時間。

昼食を終えると根来坂峠を目指し斜面を下った。そこから鯖街道を往時を偲び小入谷まで周回予定だ。

根来坂峠、若狭の海鮮を京へ運んだ鯖街道の一つだそうだが昨年の台風21号の仕業か地蔵のお堂は壊れて散乱していた。その昔、信長による朝倉討伐金ヶ崎の戦いの撤退の折にしんがりを務めた明智光秀や家康も越えた峠だそうだ。

壊れて夜露をしのげなくなった地蔵に誰がかぶせたか赤い毛糸の帽子が目を引いた。

鯖街道を小入谷集落まで歩く。

小入谷集落へ続く林道脇に「焼尾地蔵尊」と書かれた堂の中の地蔵。風化具合からかなり古いと感じた。

 根来坂峠の若狭側の谷は遠敷川、小浜市の中心地は遠敷(おにゅう)という。峠を隔てた近江側は小入谷(おにゅうたに)という。推測だがどちらかの越境集落なのだろう。歴史の話で恐縮だが「遠敷」は「小丹生」だった。「小入谷」も「大丹生谷」と思われる。そもそも日本に漢字が伝わった折、国名や群名、郷名は大和言葉に漢字を当てた。奈良時代713年に「好字二字令」という勅命が出て先進国の中国に倣って無理矢理二字にした結果「遠敷」「小入」となった。徳山の「門入」も本来は「門丹生」だった。

リーダーの綿密な計画通り予定時間の30分前に駐車地に着いた。帰りの楽しみは道の駅での「鯖寿司」購入である。日本海で育った鯖は美味しい。

<ルート図>

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