大垣山岳協会

試運転の藤巻山 2018.11.02

藤巻山

藤巻山(733.4m Ⅱ△点名西乙原) 鈴木正昭  

 帯状ヘルペス神経痛を患い3か月余。ようやく試運転のつもりで、郡上市八幡町西乙原の藤巻山に登った。9年前の冬に登った2度目の山である。体調は低レベルながら、支障なく登り終えたが、登山環境に関して大きなトラブルに出合った。登山口で地元の人から、この山は登山禁止だから登らないでくれ、と言われる。わけの分からぬ理由で、諦めることはない。当方の見解を説明した上で、予定通り登った。かくして、我々登山者にとって放っておけない難関の出現を痛感した。

  • 日程:2018年11月2日
  • 参加者:鈴木正(単独)
  • 行程:自宅6:50⇒中央線高蔵寺=同多治見=太多線美濃太田8:12=長良川鉄道相生駅9:27→10:15西乙原ひかり保育園裏(登山口・210m)→10:35KDDI中継所→尾根合流(標高400m)→12:10巨樹帯入り口→12:40藤巻山山頂1:10→分岐歩道(廃道)→2:50集落道出合→3:00連心寺→3:40相生駅4:06=6:12高蔵寺
  • 地理院地図 2.5万図:郡上八幡

 お尻周辺に激痛を伴う神経痛は次第に悪化して、9月中旬からは椅子に座ることもできなくなった。車の運転や座って本を読むこともできない日が続いたが、1週間ほど前から激痛が少し治まってきた。そこで、思い切ってリハビリを兼ねて、個人山行を企てた。まだ、車の運転は危険なので、鉄道だけて登れる山を探した。三つの鉄道を乗り継いで長良川鉄道の相生駅から歩き、古い家並みの駅前通りを抜けて9年前の山行で記憶している登山口に着いた。

 好天のもと、田んぼ脇の道を進むと、獣害防止の金網柵にあった出入り用の扉を潜った。その時、下の方から男性が近づき、思わぬ入山禁止を告げた。男性は地元の自治会長だといい、「昨年、男性一人がこの山に入り、道迷いし不明となり、地元民、消防、警察から人が出て捜索した。山道は荒れていて危険だから以後入山禁止としている」とおっしゃる。だが、金網にはその旨の警告板などはない。どうも、市などの行政の規則などではなく、地元自治会側の呼びかけ、のようなものだろうと、判断し、入山を決めた。ただ、昔からの登山口は保育園裏からだと言うので、約100m歩いて園裏の金網の扉を開けて尾根の背に取付いた。ここにも入山禁止を伝える標示はない。

 尾根の背に延びる金網沿いには薮が生い茂り踏み跡もない。でもすぐに薄い踏み跡が現れる。ヒノキの人工林内でササやぶはないが、枯れ枝や倒木が散らばっている。台風24号の強風被害の跡だろう。体調は悪くなく、痛みも感じない。薄い尾根上の踏み跡をたどる。久しぶりの樹林のそよぐ音や枝葉の香ばしい匂いにうっとりするうちに、途中2カ所の急登もなんなく通過。標高650mくらいから、背ばかり高い細いヒノキ林の中にコメツガの巨木が出始める。いずれも尾根の背部分に立つ。9年前にも感動した覚えがある。直径は最大で2m近い。荒々しく曲がり、引きつり、ねじりくねった胴体の体型。過酷な気象と長い年月を生き抜いてきた戦歴の印といえよう。巨大木を10ほど数えたが、ほかに朽ち果てた枯木数本もあった。

 巨木が出終わった辺りの平坦なヒノキ林内の下に藤巻山の三角点があった。前回山行ではここから樹幹に白山の主峰や大日岳、御岳も姿が望めたが、いくら目をこらしても何も見えない。育ちの悪いヒノキ林の成長により山岳眺望が失われて行くケースの典型だろう。三角点横にある長細い丸石は9年前にも注目した。表に「平山一吉」の文字が刻んであったと記憶していたが、今回精査すると「平山一喜」と分かった。

 さらに裏に「○○記念」、横に「大正二年」の文字を見つけた。(○○は解読不能)一善さんが105年前になぜここに、また何の記念碑だったのか。知りたいものだ。下山では往路を戻り標高370mあたりで南側に下る荒れた歩道跡を降りる。かつての林道だろうが完全に廃道状態。標高差100余m下ると広い砂利道林道にでた。林道を西側に下って行くと、二つ目の難題に遭遇した。林道は獣害防止柵の山側に沿っている。西乙原の集落内の道路に出る三叉交差点にゲートがあった。

 ここには鍵がついていて、集落に出られない。獣でない私は閉じこめられた。尾根上の往路に戻ることは考えられない。林道を外れたやぶの向こうに金網柵に接した電柱が見えた。苦労してその電柱によじ登り、金網を超えて集落道路に出た。

 集落道路に出て、鍵付きゲートを正面から見ると、この先の林道奧には獣の捕獲わなが設置されていて、危険なので立ち入り禁止との警告板(写真下)がついていた。捕獲わな付近には標識が付いているともあった。登山者は下った先にこのような通行不能なゲートのあることを知らされていない。闇討ちにあうようなものだ。前述の入山禁止の件について、郡上市林務課に聞いてみた。確かに昨年11月に男性登山者が行方不明になり、一晩住民や消防が捜索した結果、無事保護できた。入山禁止云々は地元の人の判断、願いであって、郡上市など公的機関の措置ではないという。それを聞いてほっとした。登山者の中には力不足の人、無分別な人も少ないがいる。ただ一件のそうした事態で入山禁止にされたら、私たちは公認登山道しか歩けなくなってしまう。一方で地元の人も山に入らなくなり、その結果山道や山林が荒れる事態が起きている。やぶ山にもっと人が入れる環境が必要なのではないか。ただ、登山者も地元の人や地主に迷惑を掛けないように努めるのは当然の義務だろう。

 二つ目の難題であったカギ付き閉鎖ゲートの件について、郡上市林務課は「地元団体の判断で立ち入り禁止看板を出したのだろう」という。西乙原の集落北側全体に数年前に金網の柵が設置された。市などの公的資金が投入されたが、市は立ち入り禁止の判断には関わっていないという。獣害防止の大切さは理解できるが、くくりわなの危険回避だけを理由に全面閉鎖にする措置はいかがなものか。私の地元の山間地にも2年前に大規模な金網柵が設置された。柵の山側では少ないがくくりわな設置を見た。しかし、複数の金網柵の歩道入り口の全て誰でも開閉できるようにしてある。昨今、キノコやタケノコ採りで山中遭難する事故が相次いだ。ならば獣害防止柵で全面的入山禁止にしてしまえという発想も起こりうる。人間の活動には事故が起こる可能性ゼロなんてものはない。自己責任に任せるほかない分野やケースがあって当然だろう。

 下山途中、西乙原地区に藤巻山連心寺という真宗大谷派の寺(写真=報恩講の日であった)があった。後日、ご住職に電話して、なぜ寺の山号が藤巻山なのか、伺った。寺が500年前と100年前の2回消失した際に過去の文書類が失われ不明だとのこと。また、山頂の石にある平山一喜さんが寺の関係者かどうかを示すものはないという。西乙原には平山姓はないというので、他所の人なのだろうという。一喜さんの物語解明は今後の課題に残された。

<ルート図>

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