【 個人山行・沢登り 】 母袋烏帽子・いらそ洞沢登り 鈴木 正昭
岐阜百山に指定されている母袋烏帽子(1340.8m Ⅱ△)に寒水(かのみず)側から延びる「いらそ洞」(仮称)を遡行して登った。立派な登山道とは反対側のごく軽量初級の沢だ。人の気配のない広い沢筋に、小粒だが秀麗な二つの滝。
雑念妄念が洗い消えるような幸せなひと時を得た。下山では沢の右岸尾根を軽快に降りたが、広い尾根筋は昔、寒水の住民たちの生活の場だったことを知った。沢筋や尾根で人々が汗水流した里山の痕跡と記憶はここでも、自然の中に消えようとしていた。
- 日程:2017年9月20日(水)
- 参加者:鈴木正(単独)
- 行程:自宅5:55⇒中央道⇒東海環状道⇒東海北陸道・郡上IC⇒国道472号=名宝大谷⇒県道白鳥名宝線⇒深谷地区入渓点(郡上市名宝寒水 標高約790m)8:35→いらそ洞→9:15・6m滝→9:35・7m滝→9:55二俣分岐→11:25母袋烏帽子12:05→いらそ洞右岸尾根→1:35駐車地
- 地理院地図 2.5万図:那留
郡上八幡からせせらぎ街道(国道472号)を経て寒水川沿いの県道を北上。寒水集落の奥の県道屈曲点に小さな橋が架かる(写真①)。
橋の手前に駐車し、沢支度をして、岩が広がる沢に降り立つ。小滝を上がると広い沢筋が見渡せた。流れに入っても冷たくない。
前々日の台風18号のせいで、水流は多めのようだ。緩やかな流れの両側はヒノキの人工林がびっしり。河原にはサワグルミの古木や
老樹がたくさん立つ。
やぶのない沢の流れの中を進む。人工林の中にしては、両岸河原に歩いた跡や人工物は全く目にしない。標高895mで初めて滝らしい滝が
現れる(写真②)。
やや傾斜があり、途中に小さな段が3つ見えた。豊かな水が段上を白い飛沫をあげて流れる6mほどの滝。直登は避けて、左岸泥付き斜面を高巻いた。
次に標高約940mで7mほどの滝(写真③)。両岸とも30mほど垂直に近い岩壁が切り立ち、その間の小さな割れ目から少し曲がりながら細い水の白帯が下りている。
直登はとても無理。50mほど下った右岸から岩壁の縁の急な泥斜面をヒノキを伝って上がる。高度40mほど上がり沢に向って水平トラバースして沢芯に達した。その途中のこと。朽ちた倒木の上に左手を置いた時、つきたて餅をつかんだような柔らかな触感を覚えた。
大振りなカエル(写真④)であった。
帰宅後、図鑑で確認すると、アズマヒキガエル、いわゆるガマガエルだ。触ったのに微動もしない。よく見るとなかなかの美形な顔立ち。刺激するとガマ毒をお見舞いするそうだ。無事でよかった、と反省する。
その後、滝は消えて標高1070mの沢の二俣に達した。水流は右俣だけで、涸れ沢の左俣に進む。一時、細い水流が現れたが、すぐ消える。
ネマガリダケが出始めスピードが落ちる。密度はさほどではなかったが、最上部で沢芯が消えるとササの密度と斜度が増えて嫌気がさしたころ、広い登山道に飛び出した。山頂(写真⑤=朽ち倒れた山名板を持って)は30m先にあった。
周辺にはガスがかかり山頂からの見通しは効かず残念。沢靴を軽登山靴に履き替えて、往路の沢の頭から右岸尾根を下り始めた。
右側の谷側に下りないように注意しながらネマガリダケのうるさい尾根を100mほど降りると尾根は急に広くなる。
標高1220mでは家3軒くらい建ちそうな広さだ。
以後、尾根はなだらかで終始広々としていた。1200m辺りから下部はすべて、50年生ほどのヒノキの人工林内。ササやヤブはほとんどない。
スイスイ楽に歩けるのだが、踏み跡や人工物は探したが皆無であった。以前は住民のなりわいの地だったはずなのに。
不思議に思い、電話で寒水地区の自治会長の和田晴男さん(65)に聞いてみた。私が上がった沢は「いらそ洞」と呼んだ。
一帯の山林約600haは今でも寒水地区の財産区有林。山から得る材木や草木は昔から炭焼きや農業、酪農に欠かせなかった。
だから、いらそ洞や右岸尾根には住民が足繁く通った。特に右岸尾根には夏場、牛を下から引き揚げて放牧をした。
夏は放牧、それが済むと炭焼きに精を出した。その頃、人工林はなかったので、広葉樹や草木が豊富だったのだ。
さらに、残雪期になると右岸尾根はスキーヤーでにぎわったそうだ。当時、寒水中央部の西側山腹に寒水スキー場があった。
スキー場に雪が少なくなると、高度のある尾根に山スキーに来る人も多かったそうだ。確かに立派なコースが取れそうな地形だった。
だが、スキー場は45年ほど前に閉鎖され、スキー客は消えた。また、近隣に新しい放牧地が出来て施設の不備な右岸尾根は放牧需用を失った。
さらに炭焼きはそれ以前に消えた。高度経済成長期が終わったころ、山野の利用活動は消え去り、全域にヒノキを造林した。
しかし、住民は減り、国産材の利用度が減って、人工林は放置されたままだ。尾根で見たヒノキは節だらけの貧弱な木ばかりだった。
山に入る村人はなくなり、沢や尾根に何本も通じていた歩道はすべてやぶに埋もれた。
右岸尾根の地面には台風の強風で折れ落ちた葉や木枝がじゅうたんのように敷かれていた。辺りに樹液の発する芳香が満ちる。
葉枝を踏み、深呼吸しながら下った。
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