大垣山岳協会

伊吹山弥高尾根冬山縦走 2016.02.06-07

伊吹山

【初級冬山講習】 伊吹山 ( 1377.3m Ⅰ△ ) 後藤 正雄

  • 日程:2016年2月6日(土) ~ 7日(日)
  • 参加者:L.丹生統、佐竹良、西村洋、竹森せ、小林和、林旬子、大橋辰、成瀬徳、後藤正
    6日日帰り 大橋勉、7日日帰り 杉本眞、衣斐剛、後藤友、柴田悦
  • 行程:
    6日(土) 大垣7:00=関ケ原ふれあいセンター7:30=伊吹神社参道駐車場7:50~8:10-上平寺城(桐ヶ城)本丸跡9:10-弥高山三角点(838.7m)10:10-テント場(880m)10:35~11:45-弥高百坊12:15─テント場13:05
    7日(日) テント場7:40-伊吹山山頂10:00~35-テント場11:55~12:40-弥高百坊13:30-駐車地14:40=大垣15:20
  • 地理院地図 2.5万図:関ヶ原

 今年は異例の少雪。伊吹山も白くなったなと思ってもすぐにまだら模様となる。今山行で冬山を味わえるかどうか。

 6日朝、関ケ原へと向かう車のフロントガラスにポツポツと雨粒が落ちる。関ケ原ふれあいセンターにてメンバーが全員そろい、共同装備の振り分けを行う。国道365号線を西へと向かい滋賀県に入り、上平寺の集落を抜け新しい伊吹神社駐車場に車を止めた。

 準備を整えると丹生リーダーから今回の山行のルート説明があった。今回は雪山を楽しむと同時に戦国大名、京極氏が造った上平寺遺構探索の山旅でもあり、期待が胸に迫る。

 伊吹神社参道を進み鳥居の手前から登山道へと進む。史跡が多いためだろうか、登山道はよく整備されている。少し進むと西側の弥高集落からの登山道と合流し、尾根道を登っていく。上平寺城跡に近づくと、人工的に造作された平地や大きな堀切・竪堀が現れる。さらに本丸や二の丸跡の土塁も。丹生さんの解説もあり、戦国期の山城の姿がここに浮かぶかのようだ。

 本丸跡に登り小休止。ガスがかかり遠くまで見通せないが、不破の関を眼下にし、この山城の重要性がなんとなくわかる気がした。上平寺城跡を過ぎようやく雪が現れた。登山道をショートカットし、弥高山へ。丹生さんが以前苦労して見つけたという四等三角点に案内してもらう。道から離れた藪混じりの雪の中からピッケルで掘りだした。

 弥高山から少し登った標高880mの平坦地をテント場とする。積雪は30cmほど。周囲には茅(カヤ)が倒れずに茂っていたため、刈り取りテントの下に敷く。おかげでテント内で足が冷たくない。今夜は快適に眠れそうだ。時間もあるので分岐尾根を少し下って中世山岳密教の大寺院、弥高寺跡(弥高百坊)へ向かう。緩い斜面に幾つも平地が段状に造成されている。よくこんな山腹に大きな建物を建てたものだ。

 ここはもとは役行者を開基とした伊吹修験の寺院であったが、応仁の乱以降京極氏の山城となったという。ガスの切れ間に琵琶湖もぼんやりと見えた。小雪が舞う中、テントへと戻った。

 7日朝 昨晩は風もあり時折、吹雪いていたが一夜明けると快晴。放射冷却のためかなり冷え込んでいる。今日は弥高尾根・中尾根経由で山頂を目指す。雪も少ないため輪かんは置いて行く。途中上野から登る登山道の5合目へ出るトラバースの分岐があるが、折れることなくそのまま尾根を登る。藪が雪の下に隠れるほどではなかったが、想像したほどひどい藪ではない。1000m付近まで登るとカルスト地形となり視界も開ける。近くは霊仙山から遠くは恵那山、その向こうに中央アルプスも見える。さらに登ると海老の尻尾も現れ、ようやく冬山らしい風景となる。傾斜はきついところもあったが、最後までキックステップで登ることができ、アイゼンを使うことはなかった。

伊吹山山頂手前の弥高尾根で

 ややあっけなさを感じる内に山頂に到着。例年だと山頂南斜面には大きな雪庇が張り出しているが、まったくない。山小屋や日本武尊像もほとんど埋まっていない。小屋から少し東に進み一等三角点で万歳三唱。能郷白山をはじめとする奥美濃の山並みから日本アルプス、近江富士まで360度見渡せる。風を避け山小屋の脇で大休止。快晴の日曜日、多くのパーティでにぎわっていた。下山は、登ってきたルートを戻るのだが、左斜面が急なため、150mほどアイゼンをつけて降りた。あとは時折地面が見える尾根道をテンポよく降りた。

 テントまで戻ると日帰り組4名がお出迎え。テント撤収後、日帰りのメンバーが通っていない弥高寺跡を経て、周回して下山した。伊吹神社参道まで降り、京極氏の庭園跡にも寄ってみた。虎石という巨石があり、周りに池の跡が残っていた。

<ルート図>

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