月報「わっぱ」 2013年8月(No.381)
【 個人山行 】 根洞谷 ~ 高丸 ( 1316.3m Ⅲ△ ) 西村 洋一
- 日程:2013年7月9日(火)~ 10日(水)
- 参加者:L.丹生統、中田英、西村洋
- 行程:
- 7月9日(火) 道の駅さかうち5:30=池ノ又夜叉ヶ池登山口(車デポ)6:30=ホハレ峠7:30-門入9:00-長者平11:50-根洞谷出合12:00-入溪13:00-テント場14:00
- 7月10日(水) テント場7:00-小茂津谷出合7:10-巨木帯8:20-高丸13:00-池ノ又登山口17:30-道の駅さかうち19:00
- 地理院地図 2.5万図:広野・美濃川上
7月9日(火) 晴
前日の梅雨明け宣言を受けて晴天が約束されていると思うと気合が入る。ホハレ峠から門入まで手入れが行き届いた山道を下る。汗が噴出しやたらのどが渇く。たまらず門入の西谷の沈下橋で休憩を取り水分補給。この先門入林道を長々と歩くことになる。幸い門入の方々が林道整備をしていて、歩きやすかったが重荷を背負った炎天下の林道歩きは暑さとの我慢較べであった。
私は、昭和46(1971)年に友人と旧徳山村を訪れた際、伝説の地〔長者が住んで金の宝物が埋葬され朝日が昇る時に金の鶏が鳴くと言われた〕長者平を訪ねたことがある。門入林道を進んでいくと意外な光景を目にした。手付かずの山並みがあるとの予想とは大違い。全山丸裸で赤茶けた地肌が露出していた。当時この一帯は王子製紙による伐採事業が広範囲で実施されたのだ。
ただ、根洞谷、小茂津谷から奥の山林は門入国有林であり、皆伐の対象ではなく、今でも原生林が残されている。その太古の姿との出合が楽しみだ。長い林道歩きの末、西谷(金ケ丸谷)への下降点に達した。薄い踏み跡を下ると、スギ林に覆われた長者平に着いた。周りは広葉樹林だが、ここだけは人の手が入ったことを物語る。
さらに少し下り金ヶ丸谷と根洞谷の出合に降り立った。陽光に照らされた木々の葉は輝き、溪風が心地よく実に気持ちがいい。昼食をとり、入溪する。豊かな水がとうとうと流れる。すぐにゴルジュ(狭場)が現れヘツリ開始。軽快な身のこなしで行きたいが、重荷を背負い牛歩。
溪は明るく開け温和に流れる。ジャブジャブ、と右に左に進路をとり進んでいくと小高い台地が見えた。テント場の最適地だった。小茂津谷出合から10分程度手前の河岸段丘状にテントを設営した。
7月10日(水) 晴
テントを出ると、梢越しに青空が見えた。今日も暑くなりそうだ。溪水は思いのほか冷たくボケタ身体に渇が入る。小茂津谷に入ると、流れは穏やかで、辺りはトチ、ミズナラ、ブナ等が林立する美林だ。一際、立派なトチの巨木に圧倒される。標高約850mの右岸に直径2mほど、白い木肌の幹が天に伸びていた(写真)。これが、門入の旧住民が長く誇りとする「小茂津の大栃」なのだろう。
谷はやがて傾斜がきつくなり、足取りは重く身体が悲鳴を上げる。最後の水場で水を満たした後、待っていたのは背丈を越す蜜やぶと乾きだ。暫く登ると二股に、正面に空滝、左方は低木の繁ったルンゼ。どうせ登るならスッキリした空滝を登ろう。この判断が後に災いとなった。空滝を越すと更に急傾斜になる。ようやく稜線に出たが、北に振り過ぎたようだ。ひとしきりのやぶこぎの末、小さく開けた山頂に着いた。お疲れさんでした、と互いに握手。
休憩後、丹生さんが、背丈を越すネマガリダケのやぶの中では見通しは利かず足場も悪い、ややもすると人は低い場所に行く傾向があるのでその都度、位置確認し修正すること、と注意を促した。最後に山頂から目標物を確認し下山の途に着いた。想像通り優に背丈を越すササやぶ。少し下るとペナントがあり、一安心。ところが相当下ったが一向にペナントが見つからない。中田君がGPSで位置確認。左に振りすぎて、ルートを離れている。より低い方向に進んだらしい。右にトラバースし修正。再びGPSで位置確認。すこし左に振っている。右方向にトラバース。修正に次ぐ修正で時間ばかりが経過する。時には登り返しもある。ようやく池ノ又駐車場が見え、真下にトイレと道路が見える。手持ちのザイルが届かぬ落差だ。力を振絞り西に向けて最後のトラバース。やっとザイルが届く位置まできた。慎重に懸垂下降で降りた。
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